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"居心地"とは何か。昭和~平成~令和の歴史の動きによって変わった第3の場所

 こんな本を読みました。

「コルクラボ」という、コルク佐渡島さんの主宰するコミュニティーの本。

昨今、リモートワークなどで今まで別物として分離されることが多かった「自宅」と「職場」という二つが融合され、その現実を受け入れられる人。受け入れられない人。様々です。

 これらが一般では"第1の場所"、"第2の場所"と呼ばれる中で、コミュニティーやサークルは"第3の場所"として注目されています。

 そこには家族や同僚との間で生まれる関係性の中では、言えない本音があり、その時の立ち位置や関係性により自分を作っていることも多く、それがうまくできる人が「器用な人」。相手を選ばずなんでも言ってしまう人を「不器用な人」と評価されるような世界。だからこそ、自分を作ってうまくやることを目指し、それができないと生きづらさを感じる世の中が現代には広がっています。

 「器用にこれができる人は苦労しなくていいよね」という声も上がると思いますが、そんなことはない。器用にできるからこそ、本当の自分はどれなのか?自分が常に何かを偽っているのではないか?そんなことを感じるのも事実でしょう。

 ともすると自分が自分をさらけ出せる場はどこにあるのか。それを求めて"第3の場"に生きやすさを感じ、正しく「自分の居場所はここだ!」と思い、その場で自然に振る舞える自分のありのままの姿に心地よさを覚えることも当然かもしれません。

 一方でコミュニティーといっても第3の場としてではなく、お互いの利害がぶつかり、ギスギスとした関係性。マウントを取り合う参加者たち。そして衰退していく場。といったものも少なくないと思います。

 これにはどんな違いがあるのか。そのヒントがコルクラボにあり、そこにフォーカスした書籍がこの本でした。

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前振りが長くなってしまいましたが、この本では"居場所"として参加者自らがありのままの姿で自ら率先して活躍するコミュニティーのお手本のような状況がどうして生まれたのかが手に取るようにわかる内容になっています。

それを象徴するのがコルクラボの理念と行動指針

理念:「あなたが好きなあなたになる」
行動指針
1. 自分の安全安心を知る
2. 自分の言葉を紡ぐ
3. 好きなことにのめり込む
4. 人の頼り方を知る

 この書籍の中では各界の雄が自分の思う"居場所"について語っているシーンが多く、その紡ぎ出された言葉一つ一つが自分をハッとしてくれます。

 インターネットの発達や個人でやりたいことが実践できるサービスが増えたことにより、今までは「できないからしょうがない」と理由がつけられていたことが「やろうと思えばできてしまう。だから、やってない人はそれまでの人」と自分を守るものがなくなった時代になったというのも現実。

 それゆえに回遊魚のように泊まると死んでしまうという強迫観念から走り続けて心が疲れてしまう。そんな世の中に我々は存在しています。

 その中で必要なのは心理的安全の確保。結果や成果を求められる家庭や職場ではなかなか難しくなってきている中で、我々の求める場は変わっていったようです。

 ただ、これは自ら意識して提供しない限りは難しいのも現実です。なぜなら、自然に生まれていたそんな場はとうの昔に消え去ってしまっているから。

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では、昔はどこに心理的安全が確保されていたか。

昭和の時代までは家庭にそれがありました。

 いくら職場ではうまくいかなくても、家に帰れば亭主関白に振る舞うことで大黒柱として父親たちは尊敬の眼差しを得ていました。それは家庭における外貨を稼ぐという重要な仕事が父親にしかできなかったから。それが何よりの尊敬の対象でした。

 そのため、母親は家庭を守り、子供たちは遊び、学ぶというそれぞれの役割を全うしたそれぞれを尊重する場が家庭にありました。

 しかし、それだけでは暮らしていけない世の中がバブル崩壊とおもにやってきました。そして、世の中では共働きが当たり前になりました。

 子供たちは危険を極力避けるように家庭用ビデオゲームを与えられ、家から出なくなりました。そして、友達とのコミュニケーションの機会も減り、コミュニケーションの練習の場が減った彼らは家族共とどう話せば良いかわからず、ゲームに没頭しました。

 母親は自らも社会に出てヘトヘトになるまで働き、帰宅しても家事が待っている。自分も働いているのに家庭でも働くこととは・・・?という疑問を抱き、やがて家事も分業されることになりました。

 父親は自分の稼ぎだけでは暮らしていけない事実から母親の心の負担に対する責任を感じ、家事を手伝うようになります。そして、母親のストレスに対する罪悪感から、強く言い返すことをやめ、やがて世の中は父親より母親の方が強くなりました。そして亭主関白は絶滅しました。

 このように家庭にもそれぞれのストレスが多く持ち込まれるようになり、抱えたストレス量が解消できるストレス量を大きく超えるようになりました。

 そのため、新橋の夜は父親たちのストレス発散の場として賑わい、昼間のカフェも母親たちの憩いの場となりました。

 これが第3の場所のスタートです。

しかし、第3の場所は長くは続きません。

最近では「上司に誘われた飲み会を断る新人が多い!」と言われたり、「必要のない飲み会が多い」と言われたりします。

 これは飲み会という場が一部のストレス発散の場となっているということはそのストレスの受け皿となる人がいるということで、一般的に会社と家庭の往復をしている人の誘う対象となれば、自ずと会社の同僚や部下になります。

そこには当然ながら、利害関係が生まれるため、上の立場の人のストレスは発散されても、下の人のストレスは増大する一方です。

そこで令和の時代に必要な第3の場は"利害関係のない他人同士のコミュニティー"というわけです。

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一方で他人同士は無秩序です。意識しないとそこにルールは生まれません。なぜならそこには利害関係、つまり階層が存在しないからです。

 だからこそ、安全な環境を作るためには約束事が必要です。それは行動指針であり、役職ではなく、係や役割でもあります。

 それを上手にやっているのがコルクラボだということがとても伝わる書籍で、私の運営するコミュニティーにも還元できるヒントが詰まっていました。

 ちなみに私はコルクラボのメンバーではないのですが・・・(笑)

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さて、私はこのような第3の場所は若手にこそ必要だと思っています。というのも実は親、上司、恋人、友人などの関係性で一番揺れ動くのは20代であり、彼らにこそ、自分らしくなれる場所が必要だと感じています。

 外部要因が多いのです。

私がDevelopers Boostで20代から多くの支持を得たのもそれを証明する出来事でした。

その時のお話がこちら

ちなみにこの時の様子を分析した記事はこちら

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話を戻してこの本は現代における、"居心地"や"居場所"について深い洞察が得られる書籍です。

皆さんもぜひ手に取って読んでみることをお勧めします。


主にPjM、PO、セールスエンジニア、AWS ソリューションアーキテクトなどを務める。「映像業界の働き方を変える」をモットーにエンジニア組織を超えたスクラムの導入、実践に奔走。DevLOVEなど各種コミュニティーにおいてチームビルディングやワークショップのファシリテーションを行う