基準

ある本でこんな話があった。
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私はこの3つの言葉を決して口にしない
・時間がない
・お金がない
・疲れた
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これらは、あくまで主観であり明確な基準がなく本人に委ねられる。

所持金は0円なら、お金がないと言えるだろうがそんなことはないし、
過ぎ去った事以外は、時間は存在している
疲労指数なるものがあって、その数値が基準値を超えて疲労と認定されるのであれば疲れているのだろうがそんなこともないだろう。

これらは、言い訳の際や合理化に使われる代表的な言葉でもある。
そして、癖にもなるのだろう。

口に出す事で、脳がそれを認識し「私は疲れている」と思い込んでしまう。
口は災いのもとというが、身体にも災いは降りかかるようだ。

数学では、基準が厳格だ。
絶対的なものか、相対的なものか。
100人いたとき、100人が同じ判断ができるものが基準でならなければならない。

ネガティブな発言には、ほとんどこの基準がないだろう。
案外、時間は作れるし、お金もあると思えるようになる。

この話を5-6年前に知り、
それ以来、時間がなかったことはなかった。

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