嘘つきの旅〜樹海にて〜
ゴトン!車が何か踏んだらしい。
「なんだよ!パンクしたのか?」
いつも彼が口にする心配事、あいも変わらず今日も口にしてる。
「振動なんていつものことだろ?」
日差しが森林で遮られている森を見ながら退屈そうに呟くボクに対して、彼は大事そうに熱弁しだす。
「タイヤはな、命に等しいものなんだよ。アレがパンクした日には命を落とすか否かぐらい重要になるんだ。この4つのタイヤのバランスでこの車は成り立っている。だからこそ毎日気にしてー」
「そんなこと気にしてたって死ぬ時は死ぬ、闇雲に警戒するぐらいなら気にしないほうがいいんじゃないか?」
ボクの論に対して彼は返答無く、運転する。どうやら、反論出来なくてへそを曲げてしまったらしい。やれやれ。子どもじみたところがあるもんだ。とは言え、ボクは機嫌が良くないから助かる。
え?どうしてよくないかだって?それは、今向かっている所が樹海の隣の宿だからさ。
☆☆☆☆
遡るほど、昨日の夕方頃のこと。
山梨の安いゲストハウスの布団の上でノックアウト気味で倒れてた。
「大丈夫かい?今日飲まず食わずで4時間運転。」
「と言うより、何も口に入れたくなかったから。」
「だろうね。朝方ゲストハウスで吐いてたしね。」
彼が吐いてしまった理由は病気とか風邪とかではない。単なるお酒の飲み過ぎだ。
「たこ焼きの所で何飲んでたんだっけ?」
「ハイボールを・・・・・10杯以上、レモンサワーもそれぐらい。」
「チンチロチャレンジで安く済んだとは言え、それは飲み過ぎだ。しかも、その後にガールズバーに行ってウィスキーのロック、チェイサー無しでどれだけ行った?」
「3」
「どうやって戻ったかの記憶は?」
「無い。」
呆れた。あんなに飲んでたのに。昨日長野市に着いたボク達はたこ焼きの大衆酒場へ足を運んだんだ。理由的には『誰かと酒が飲みたかったから』だとさ。そこでサイコロを2つ投げて出目でサイズが変わったり無料になるゲームがやってたから彼は、その対象のものをたくさん飲んでた。そこまでは良かった。そこまでは・・・・問題はお店を出た時だ。彼は、あろうことに『バーに行きたい』と言い出した。
いや、なんでだよと思ったが、犯人曰く『出会いがあるかも』とかなんとか。捉え方を間違えれば犯罪スレスレの発言をしながら入店。それで、お店の人の話を聞きながら返答したり、逆に質問したりといい感じに会話してた。チェイサー無しでウィスキーを三杯飲んでた。そこまでは彼の記憶と合致してる。そして、彼話すことなくふらっととこで寝たんだ。だが、朝の5時頃に彼は目を覚ましトイレでミートソースみたいな色のものを撒き散らしてたね。
「まぁ、あんだけ飲めば記憶の一つ二つ、飛ぶのは当たり前か。」
「まぁ、気は進まないが、食わなきゃ死ぬし、何も出来ない。」
彼は布団から立ち上がり外に出る。
「何処へ行く気だい?」
「近くのコンビニ、胃にやさしいものが食べたいから買いに行く。」
そう言って、あまり街頭が少ない山梨市の道を歩く。
「何ていうか、都会って感じがしないな。」
「周りに木々が多く生えてるからかね。長野だと木が生えてるところが少なかったから、街だと思えたんじゃないかな?」
「あと、あまり繁華街が見えないな。イメージ的に愛知県の豊田市の街みたいだ。」
「まぁ、お陰で空気は綺麗だと思うよ。それに、山梨はオカルト系の話が多いんじゃなかったか?」
「そう!」
彼は目を光らせながらオカルト話をする。この間のバンガローの件で思ったが、彼はオカルトが好きなのだろう。まぁ、こういうのを口にしても良いが、あまり関係ないことは聞いても時間の無駄だ。今回の件は聞かないようにしておこう。
「あと、明日なんだが・・・・・樹海に行こうと思う。」
は?
「樹海に?なにしに泊まるんだい?」
「樹海を見たいと思ってさ」
こいつは何を言ってるんだ?
「いや、意味がわかんない。何のために樹海を見るんだ?見る意味なんか無いだろ?」
「樹海は自殺する人が一番と言っていいほどの所。何がそんなに人を引き寄せるのか、俺は知りたいんだ。」
疑うことのない眼差し、そして、瞳の中に映し出されるのは彼の覚悟を物語るように熱く、曇りなき信念を読み取れた。
「分かった・・・・・ただし、危険だったらボクが助ける。それでいいかい?」
彼は嬉しそうに無言で頷く。たく、彼の笑顔は不安な思いをなくしてくれる。やり過ぎたりとかミスってしまうことが多くて面白い反面、頭を抱える思いがあるけど、彼の笑顔が見えるとなんとかなると思える。まるで、雲の間から現れた満月のように優しく、それでも美しく、誇り高く感じる笑み。だが、気にしないといけないのはー
「ところで、お金は大丈夫かい?昨日ガールズバーで一万円なくなってたけど?」
彼の顔から元気笑みはなくなります目を泳がせる。
「エ、ウン、ダイジョウブ、ダイジョウブ。」
彼の発言から金欠気味に首突っ込んでいることが察せられる。あんだけ顔が曇っているのは、そういうことだろ。仲が長いから察する。
「やれやれ、玲奈先生の教えはどうなっているのやら。」
「『旅は節約するべし。』だろ?だけどさ、パーッとしたい時だってあるじゃん!」
「その結果どうなったのかな?」
それを聞いた時、彼は梅干しを食べたかのように口を細めた。彼のリアクションは面白い。言い返せなくなると様々な表情が出たりする。まぁ、アクシデントが起きた時の彼も似たリアクションが出る時がある。
「まぁ、お金の使い方は気をつけないと。」
☆☆☆
ということがあり、ボクの意見を押し切って今使っているためあまりいい気はしない。
「樹海だから何か怖いものとか何か感じることがあるかと思ったが何もないな。」
「霊感がないのによく言うよ。」
と言ってもここに何も感じないのは無理もない。なぜならー
森の中に垂らしてある釣り針に何も引っかかってないからだ。
「あっ!道の駅だ。」
僕たちの目に入ったのは小さな看板のある道の駅。
「近くに鍾乳洞が見れるところがあるらしい。」
「鍾乳洞が有名なのか?」
「と言うか、どちらかと言うと自然歩道が有名だ。」
彼は車を止めて、舗装された森の道を歩むことにした。
☆☆☆
「本当に、きれいな自然だ。」
肌に触れる空気は冷たく、間間に見える日差しも程よく光る。日光浴をするならちょうどいいかもしれない。
「にしても、やはり何も感じないな。」
俺の問にヤタガラスはそっぽを向きなから黙る。そんなに、ここに来たことが癇に障ることだったか?
「おいおい、樹海に行くって言って悪かったよ。」
「別に、そこに関して怒っていない。」
彼女は、何処か見回すように、潜んている何かを探すように一点を見つめる。
「大丈夫か?さっきから一点しか見てない。」
「・・・・何か、ボク達を見つめてる者がいる。」
「見つめてるやつ?」
周りを見回すが、何も見えない。寧ろ、人一人いないといった感じだ。
「そんなの、何処にもいないが・・・・俺の気配が弱い的な?」
俺の発言に彼女は、少し眉を歪ませ顔を見つめる。
「あぁ、そうだな。キミが何も感じないと言うことは、そういうことだ。」
見回しても、何も見つからない。先に進めば何かあるか・・・いや、逆にこのまま進んでいって迷子になる方が厄介だ。空を見上げても真上に太陽がある。
「そろそろ、車に戻るか?」
無言でヤタガラスは頷き、車の方へと足を進める。
「樹海には何もなさそうだな。」
「いや、逆に怖いな。」
「何もなかったことが?」
「嵐の前の静けさ。と言うやつかもね。」
「ということは、何かあるかもしれない・・・・か。」
車の扉を開け乗り込もうとした時、自然歩道を外れた森の奥に、カバンのようなものが地面に落ちていた。
「アレは、カバン?」
なんでカバンが落ちているんだ?というか、中身は何が入ってる?もしかして、近くに遺体が有るのか?
「ひろき?」
俺は、ヤタガラスを通り過ぎ、盛り上がっている土のてっぺんを踏んで木々を支えに頂点に立つ
「ひろき!!それ以上足を入れるなァァァ!!」
今までに聞いたこと無いヤタガラスの必死な叫び声にてっぺんから足を止めるが、土が崩れ落ち始める。
「ッ!?」
カエルのマネのような声を出し境界を越え足を踏み入れる。
「まじかよ!!」
落ちた足元から視線を前に移す。そこで声を失う。
見えたのは、先程までの生い茂た森とは違い、空は赤く、草木は枯れ落ち、木の上にはカラスが赤い目を光らせこちらを見つめる。
「なんだよここ!!」
なんとなくだがやばい!さっきから胃の下辺りがジリジリする!こいつは覚えがある。学校で宿題を忘れて先生に自分から言いに行くときとか!仕事でミスって上の人に怒鳴られてるときに感じるプレッシャー!!ここに来たときから感じてるって事はやばい!!
冷や汗をかき、必死になって足を動かす。先程自分の足が滑った土にかかとが当たる。
「またかよ!」
尻もちをつきそうな瞬間目に映ったのは森の地面から自分の首に伸びてこようとする草木の根っこが絡まった手のような触手のようなものが迫る。
「うぉ!?」
尻もちをついて境界から出た上半身が見たのはさっき見た生い茂る木々とバックだ。
「ひろき!!」
ヤタガラスの声に振り返ると彼女は、不安で、今でも何処かへ逃げたしそうな顔をしていた。
「あっ!足!!」
俺は、急いで足を境界が有った所からだし、立ち上がる。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ!」
恐怖のあまり、息を荒げ数秒境界を観察する。
「大丈夫か?」
ヤタガラスを無視し数秒何もないことを確認すると急いで車に乗る。何か落としたかもしれないが、そんなこと、気にしてはいられない!アレはやばい!!間違えなく、あそこにいたら殺される!!
「ひろき、何が有った!?」
「説明は後!今は宿へ行くぞ!!」
俺の必死な顔を見て何かを察したのか、ヤタガラスは無言で頷く。
エンジンをかけ、周りに車が来てないことを確認し、走らせる。恐らく、あの先からは奴は出ることは無い。数秒経って俺たちに何もなかった事が何よりの証拠。
「あの先に何があったんだ?」
「悪い説明するにも整理できてないから宿で話す。」
バックミラーから見えた森はあいも変わらず青く生い茂っていた。