宿と『これから』〜前編
白い霧が立ち昇る
「これ!見えにくくないですか?」
霧は車のライトを反射するほど光っている。
「前の車のライトが見えにくくなるから速度を落とすよ!」
ゆっくりと走りながらも、後ろに車が来てないか確認しながら運転する。
「後ろの確認も大事なのですか?」
「もし、ブレーキを踏む時に後ろに車がいたら霧で見えなくて事故を起こす可能性がある。だからこそ、後ろにいるかを把握して、速度を出しすぎないようにする。最も、このタイミングで運転するのは事故を起こす可能性が高いから基本的にゆっくり運転してるよ。」
と、自分に元気よく聞き返したのは朝比奈織莉子さん。同い年でアイドルをやってる子だ。少し調べたら「チームAxZ」というグループで活動してる。この人はセンターとしてアイドルを行っているらしい。
「あっ!霧が晴れてきた!!」
霧が晴れてきた頃、自分達は市街地に近づいていた。彼女は子どものように嬉しそうな声のトーンで助手席から眺めてる。
「目的地の学園通りまであと数メートルだけど、合流出来るように連絡してる?」
「はい!数十分遅れるけど来るそうです。」
昨日、彼女は樹海で自殺しようとしていた。しかし、偶々俺は彼女に会って自殺を食い止めた。昨日まではとても、生きてる心地がしてないようなそんな暗い子だったが、今は、とても明るく、まるで、夏の真昼になっているひまわりのような暖かさと明るさを感じるほどだ。
「どうしたんですか?私の顔を見てると事故に遭いますよ。」
少し視線を釘付けにされたが、前へ視線を戻す。どうやらギリギリ脱線しそうになってたので、ハンドルを左に切って元へ戻す。正直、気づいた時の生きた心地がしない感覚はあまり味わいたくないものだ。
「危なっ!」
「良かった〜。運転に集中してくださいね。」
彼女は注意するお母さんのように口にする。
「ごめん、ごめん。昨日に比べて朝比奈さんが見違えるほど元気になったと思ってさ。」
それを言われて、彼女は顔を少し赤らめて窓へまた向き直る。
「昨日は、その・・・・・私が・・・・・病んでただけですから・・・・・忘れてくれますか?」
恥ずかしそうに一言づつゆっくりと彼女は告げる。なんというか、聞いてるこっちも恥ずかしくなってくる。破廉恥というか、破壊力が強いと言うか、あぁ、クソっ!こっちも耳が赤くなってきた。
「わ、分かったよ。昨日のことは忘れるよ。」
なんとか、いつもの様子で誤魔化すが、やはりアイドルというのはここぞという時にここまでずるいものだろうか?だとしたら、世の男性が心酔するのも分かるし、ハニートラップという言葉があることも頷ける。ん?待てよ。ここまで破壊力抜群なことが出来るならもしかして・・・・・
「一ついいかい?」
「何ですか?」
「キミってもしかして、枕営業とかしたことある?」
それを聞いた彼女の表情は少しおかしそうなものを見るようにクスッと笑っていた。
「他の事務所の人ならあるかもしれませんが、私たち『バーバリアン・プロダクション』のアイドルは枕をしないように誓約書を書いてますし、枕をしますと社長にすぐバレて、辞めさせられますよ。」
「それって。よそも同じことをしてない?」
「それもそうなのですが、怖いのは社長の情報の包囲網です。何があってもすぐバレてしまいます。私たちの事務所で枕を行うのはそれだけリスクを負わないといけない行為なのです。」
「まじかよ。それだけ徹底的だとはな。」
と言っても彼女の自殺を見抜けなかったあたり、人としては抜け目があるんだろう。
「続いてのニュースです。」
少しの静寂の中、耳に入ったのはラジオのニュースだった。
「アメリカ大統領選挙の結果が判明しました。」
ニュースから聞こえるのは大統領選挙の話だ。
「もうすぐ大統領が決まるのですね!」
興味津々の彼女に対して、俺はあまり話に耳を傾ける気がなかった。
「気にならないんですか?大統領選挙?」
「どう転んだところで、所詮日本の何かが変わるわけじゃないし。どーせ、国民の生殺与奪の権は国家が握ってるからね。よその国の話に耳を傾けるなら明日の使えるお金の事を考えたほうが一文以上の得だと思うけどね。」
「まぁ、そうですけど・・・・・もしかしたら日本に攻めてくるかもしれないってなったら怖くないですか?」
「そんな大統領見たこと無いね。それに、どうなったところで大統領が変わって日本の選挙率が上がるわけじゃないし、せめて、物の値段が今の半分ぐらい安くなって、米騒動が絶対起きないぐらい安定したなら耳に傾けるよ。」
それに対して、彼女はこちらを少し睨んでじーっと見つめる。
「そんな、自分の意見が否定されたからってあまり怒らないで。機嫌が直らないなら俺御奢ってあげるからぁ。」
「レギュラーサイズのハンバーグ、奢ってくださいね?」
「食い意地が素晴らしい。」
静岡県の学園通りにある、とあるハンバーグチェーン店に足を運ぶ。俺は何も言われることなくってよかったんだ。だが、隣にいる人は周りの視線を釘付けにしてた。特に、男性のね。
「あの〜。」
「はい?」
「AxZの、朝比奈 織莉子さんですか?」
「はい!朝比奈 織莉子です!!」
朝比奈さんの回答を聞いた周りの人たちはスマホのフラッシュ音を立てたり、サインを求めたり、握手を求めてる。
「あの・・・・お客様・・・・」
店員さんが少しどうすれば良いかわからなそうというか、迷惑そうに困惑してる。
「あっ、ああ!!あの〜、すみません!か、彼女のマネージャーである、自分が話を聞きますけど!!」
この混乱の中で自分が出した答えは自分がマネージャーという嘘を付くこと。恐らく、他のお客様への迷惑で出ていってくれっていう文句だと思う。自分もかつては飲食店を経験した身だ。こういう時、相手がなんて言うかは検討がつく。
「他のお客様より『良かったら早く食べてください。私の席順抜かしてください。」というお声がありました。」
「え?」
店員さんの説明の後、朝比奈さんは周りを見渡す。
「そんな、申し訳ございません!私の為にそこまでしなくても!!」
しかし、周りの人は熱い視線を譲る気はない。あぁ、恐らく、本気で譲る気なんだ。
「あ、ありがとうございます!!このご恩は一生忘れません!!」
俺は、お礼を言いながら朝比奈さんを押して店内へ進んでいく。
「ひろきさん!」
「こういうご厚意は無碍にすると返ってお店もお客様も怒らせちゃう。」
「だからといってこんなことがSNSに切り取られて上げられたら!」
「今はメディア不信の所もある。そうやすやすと信じる人もいないし、ここにいる人達は優しいはずだ。何かあったら反論してくれる筈さ。」
その言葉に甘えて席に着き、ハンバーグを注文する。
中は赤いレア仕様でソースが鉄板に焼け香ばしいデミグラスソースの濃い匂いと跳ねる肉汁が何も食べてない自分の食欲をそそる。それは、よだれを垂らしそうな顔をしてる朝比奈さんも同じらしい。
「おおっと、写真を撮らないと。」
俺は写真を撮る前にご飯を食べてしまうことがある。なんでかと言われると・・・・あれ。犬がマテが出来ずに食べてしまうアレ。情けないことに、無意識に食べてしまうことがあるから、自分の中で呪文のように「写真を撮る」を連呼してる。と言っても、やっぱり物が来るとうっかり忘れてしまうのが、自分にとっても偶に傷なところだ。
「SNSに挙げる気ですか?」
俺が写真を撮る姿を不思議そうになだめる。なんだろう?俺は写真でも撮らないと思ってるのかな?まぁ、ブログに上げるための写真だから、普段は撮らないんだけどね。
「ええ。ブログに挙げる為に撮ってます。」
「ブログやってるんですか!?」
キツネにつままれたたような驚き方。まぁ、そうだよね。目の前で飯を食ってる人間がそんなことやってたや驚くよね。俺も目の前に本物のアイドルがいるなんて驚きだったもん。今でも少し夢でも観てるんじゃないかって思ってるけど。
「うん。これが自分のブログのアカウントだよ。」
投稿してるサイトの自分のページを見せる。すると「えっ!?」と短く切って言葉が詰まってる。
「どうしたの?」
「実は私達の社長がー」
バタン!と勢いよく店内に女性三人が入ってくる。彼女達はキョロキョロ店内を見渡して・・・・こちらを見つけて・・・・走ってきた!
「織莉子!!」
ブルーグリーン色でツインテールの髪型の子が朝比奈さんに走って肩を掴む。
「お前!なんで相談しなかったんだよ!!」
桜色の瞳は彼女を必死な形相で射抜く。朝比奈さんは水色の瞳を潤わせながらも、頑張って言葉を絞り出す。
「ごめんね。咲ちゃん、ごめんね!!」
金切り声と言うか申し訳ない気持ちがいっぱいなのが現れたかのような悔しさを滲ませたかのような掠れ声を出しながら謝る。
「織莉子さん!」
スーツを着た人黒髪で緑色の瞳のツインテールの人とレモン色の髪型でボブヘアの人が急いで二人に駆け寄る。
「大丈夫だよ〜。織莉子ちゃん。誰も、怒ってないからね。」
「織莉子さんの責任ではありません。寧ろ自殺まで追いやってた傾向に気が付かなかった私の責任です。」
「結城ちゃん、水葉ちゃんッ!!」
朝比奈さんは咲さんと呼ばれる人の胸の中でわんわん泣きじゃくる。
「良かった、ちゃんと再会できて。」
「僕たちのやるべきことは終わったね。」
隣にヤタガラスがいることを目の端で確認しながらも彼女達に目が離せずにいた。
「どうしたの?」
「いいや、なんか、青春してるな〜。って思ってさ。」
ヤタガラスも彼女たちを見て頬を緩める。
「『雨降って地固まる』じゃないけど、大人になってもちゃんと話すことや友情は大事だよ。」
「だな。」
「あと、ハンバーグの焼いてる面が焦げそうだけど、大丈夫かい?」
「え?」
下に視線を送ると焼いた断面が焦げていた。
「まじかよ。」
「あと、周りから釘付けだよ。」
周りを見渡すと泣いて抱き合っている彼女達を他の人達はじーっと見ていた。
「あ~・・・・」
気づいてない彼女達を横目に朝比奈さんの焦げたハンバーグを、スッと音を立てずに下げて近くの店員さんを呼び止める。
「すみません。大変申し訳無いんですけど・・・・あの席の人でぇ〜、あんな感じなのでぇ〜、焦げちゃってぇ〜、新しいのに〜替えるのって〜・・・・だめ、ですかねぇ〜?」
と、申し訳無さそうに申し上げると店員さんは快く頷く。
「さっき待ってる時に話しかけてくださったマネージャーさんですよね?」
「えっ、ええ。そうですよ。」
「良かったですね。チームAxZが仲直りできて。」
「あはははっ、そうなんですよね。」
「本来はだめなのですが、仲直り祝としていいですよ!」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
俺は、マネージャーという嘘を吐きながら本当のマネージャーかのように振る舞い頭を下げる。店員さんがいなくなるまで頭を下げていた。
「いや〜、嘘も方便だな。」
俺が、隣りにいるヤタガラスに同意を求めようとしたが、声が無い。
「おいおい、俺の演技に驚いたか?」
「いやひろき、後ろ、後ろ〜見たほうが〜良いよ。」
「え?」
トン!と右後方から力強く肩を叩かれる。冷たい殺気を放ちながら。
「えっ、え〜っと?どなたさま〜ですかぁ〜??」
恐る恐るゆっくりと壊れた人形のようにゆっくり後ろを向く。
後ろにいたのは笑顔を崩しては居ないでニッコリと微笑んではいるが、冷たい殺意が漏れ出していた結城と呼ばれてた人が立っていた。
「どうも、私、チームAxZのマネージャーの高咲 結城と言います。」
「あっ、あは、あはははは、さっきの会話・・・・聞いてました〜か?」
「ええ。少しあなたの方へ向かったら話が丸聞こえでしたよ。マネージャー騙ってましたよね?」
それを言われた途端、俺の顔は引きずって内心『オワタ』と思ってしまった。
「どういう事情でマネージャーを貴方が騙っていたのか、織莉子さんたちの元へ戻ってじ〜っくり、聞かせてもらいましょうか?」
ニッコニコで目を細めていた彼女の目が少し開いた時、樹海の時よりかもさらに良い知れぬ恐怖心を感じてしまった。蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのこと、俺は、処刑場に向かう囚人が如く、重い足取りを元いた席へと強制的に使わされるのだった。