【乳房にがん】20日目

2020/06/10

大学病院2日目。

朝起きると、また、「今日はよろしくお願いしますね」という母。娘として当然だと思いつつも、母にとってはやはり迷惑をかけているという思いが強いのだろう。昭和生まれらしい、とかいうとあまりに俗っぽいけど、そういう感じがしてならない。

今日は検査と診察なのだが、そもそもの検査時間が遅かったせいか、今日は道も空いていて予定より早く着いた。

母を先に病院に入れ、駐車場に車を回している時、ふと、タクシーで来る人たちはどこから来ているのだろう、と疑問に思った。

この病院は駅からわりと近い。

ならば最寄駅からではないだろう。家からだとするとタクシー代はバカにならないから、いったいどこからなんだと。それに、この病院は全国的にも名のあるところだ。とすると、地方からの入院患者っていないのだろうかと。その家族はどうしているのかと。

暑さにうなされ、そんなことに思いを馳せた。

MRIを撮る予定になっていて、母を待ち合いに探しにいくと、いない。

え?いない。

間違えたのかと思いキョロキョロしてみる。

が、いない。

すると検査着に着替えた母がひょっこり登場。「なんかこのまま呼ばれるみたい」と言ったや否や検査に呼ばれた。トコトコと、いやスタスタと向かう姿は元気そのもの。いかにも不思議。

見送ると本を読むためにカフェスペースへ。

1時間ほど待つかと思いきや20分ほどで終了し、お昼を食べに行く。

お昼を食べる姿も元気そのもの。

そして診察。

ドキドキしているであろう母を尻目に、お昼のパンケーキが効いたか、うたた寝してしまう始末。

母の一つ前の順番で母に叩き起こされ、現実に戻る。

診察が始まると、MRIの画像を先生が見せてくれた。

「これは横にスライスしていて、だいたい14mmくらいだねー」

「これは乳がんで間違いないでしょう」

「こっちは縦にスライスしている画像で、ここでも、んー17おっと、これは行きすぎてるか、14mmだねー。」

「でもね、大きくはないですよー」

大きくない、その言葉にほっと胸を撫で下ろす母。しかし私はMRIの画像を見ながらこんなことを思っていた。

「ママのおっぱい歪やん!」

乳房が2つ垂れ下がっているかのような画像で、左乳房はちゃんと乳首もある。でも右乳房は左乳房の2/3の大きさしかなく、乳首もない!!乳首がない!!

いつのまにこんなに乳房の形が左右非対称になっていたのかと驚かされた。

そんなことに心奪われていると、今月末には手術、という段取りになること、入院期間があまりに短いことなどに驚かされながら、話の流れで乳房は温存することになった。

そんなこと、そんなあっさり!と思ったけれど、乳房を「残せる」っていう選択肢があるということなんだと思えた。

そして、そのまま生検へ急遽いくことに。

生検のセンターで血圧を測ると170/120という異常値が出る母。どれだけ緊張していたのかがわかる。

待つこと25分。右乳房の下方を押さえながら登場した母。まるで松田優作が拳銃で撃たれたシーンを物真似してるかのような押さえ方で登場するもんだからあまりにもヘンテコで、思わず突っ込んでしまった。

そんなときも母はめちゃめちゃ明るい。

爆笑してる。

その顔だけアップで切り取ったら、先刻癌だと言われた人とは思えないだろう。

諸所を終え、19時までは乳房についているガーゼを取れないこと、だから胸を抑えていることを聞きながら、車に乗せた。

帰り道、やっとほっとしたのか、冷たい飲み物が飲みたいと言い出す母。

そんな時思わず母が、「おしお(母の友人)が2センチいかなきゃ大丈夫って言ってたから、よかったー」と言った。

いや、素人の意見を参考にするなとと言いつつ、あーこういうこと一つでも、安心したりするだなーと再認識。本当に2センチを相当気にしていたようで、やっと心が落ち着いたみたいだった。

そして、道中MRIのことを愉快に話す母。

「右のおっぱいを穴の中に入れて検査したんだよ」

!!

「え?ママのおっぱい歪んでるんじゃないの??」「なんでよ!穴に入れて潰してるんだよ!」

よかったー。

その後自然と会話は他愛もない日常のものに戻っていく。

すると、ポツリと母が

「よかった。こんなことを話せるなんて思ってなかったから」

と呟いた。

「え?」

「やっぱりおしおの2センチってのが気になってて、触った時、これ2センチあるなーって思ってて、これはまずいかもーなんて思ってたから、今日の診察でどう言われるんだろうって心配で。だならこんな話をできるなんて思ってなくて、すごい最悪なこと言われちゃったら、もうとんでもない空気で帰ることになるんだろうなーって思ってたから、こんな話が出来てるのがよかったなーって」

母の中での漠然とした、けれどかなり大きい不安は確実に胸を締め付けていたのだろう。

でも、先生の「小さいですよ」という発言や、すぐに手術できること、そして、先生の空気感に悲壮感がないことが、母の心を暗闇から引き揚げたのだと思う。

あー無理してるところがあるんだなーと思うと、母の元気って本当に娘であっても本物なのかは分からないなーと思う。

昼間、「でもさー、食欲落ちてないよね? がんの人って食欲落ちるイメージ」「全然っ!むしろわんぱく」なんて会話も無理してのことだったとしたら、私は一体母になにが出来ているのだろうか。

そばにいることだけでいいのだろうか。

親子ってどこかやはり全てわかるでしょ、なんて思ってたけど、そんなことない。

所詮は人で、人の気持ちなんてやっぱりわからない。

せめて母を笑わせることくらいはしてあげたいと思う。

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