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伊邪那岐の遺書③

「那美子、なにか欲しいものはないか?」
 あと数日で、わたしが十六歳の誕生日を迎えるかというある日、あなたはそう訊いてくれました。
 すぐに答えることはできませんでした。
 あなたの稼ぎがほんのささいであることは知っていたし、家賃に生活費、加えてわたしの学費や病院代で、贅沢は絶対にできない毎日でしたから。
 わたしの躊躇に気がついたのか、あなたは嬉しそうに笑います。
「金のことなら心配してくてもいい。来月、臨時でボーナスがもらえそうなんだ」
 あなたはおそらく、服かアクセサリー、もしくは読書が好きなわたしのことなので書籍などを考えていたのかもしれません。
 しかし、わたしの頭には、以前から抱いていた願望が浮かんでいました。妄想といってもよいかもしれません。授業中や寝つけない夜などに、よく考えていたことでした。
 カレンダーを見ると、その日は祝日となっていました。言葉にするのはなんだかとても怖い気がしたけれど、こんな機会でもなければ口に出すこともなかったでしょう。
「じゃあ、お願いがあるんだけど」
 わたしは、はにかみながら言いました。
「兄さんとふたりで、デートがしたいな」
 あなたは驚いて、目を丸くしましたよね。
「……だめかな?」
「なんだ、そんなことでいいのか」
 あなたは、照れくさそうに鼻をかきました。そのとき、わたしがどんなに嬉しかったことか。
 そのあとわたしは、鼻歌でも唄いそうなはずんだ声で、デートの段取りを説明したと思います。

伊邪那岐の遺書④
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