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共用製図室から考えるコモンズ

僕は今、私物放置禁止の貼り紙がある共用製図室に大量に私物を放置している。側から見たらルール破りも甚だしい厄介な出る杭だが、建築学部で建築を学びながらなんとか生活の解像度を上げようと日々奮闘していると、果たして本当に私物を放置することが良くないことなのかわからなくなってきたりする。このnoteは、製図室に住みたい僕が製図室に私物を放置する理由をなんとかこじつけて自分を正当化しようとする試みだ。

補足しておくと、「製図室」というのは建築学部のアトリエの名前で、製図に限らず模型作りや自習ができる広義では自習室のような場所だ。自習室よりかはいくらかオープンな雰囲気があり、建築学生が集い和気藹々と作業する、そんな建築学部特有の不思議な場所のことを話す。

僕の大学は建築学部が3コースに分かれており、僕の所属するコースは1コース120人もいる。相場と比べれば圧倒的に生徒数が多い。そしてコース専用製図室を与えられるのは3年から、設計課題が必修科目から選択科目になると同時に、選択した者全員の共用スペースとして与えられる。とはいえスペースはお世辞にも広いとはいえず、コース120人、設計課題選択者83人に対して48卓(椅子は無限にある)しかない。そもそも卓が足りていないので、スペースそのものを共用とするしかない。細かい問題点は沢山あるけど、設計課題を頑張ることを全生徒に強要するように1人1卓割り振るよりは、いくらか良い仕組みだと思っている。とにかく、1人1卓与えられない以上、私物の放置を禁止することは真っ当なルール作りなわけだ。

日頃から先輩のお手伝いとか交流で製図室に行っていたので、あのどうしようもない場所に魅力を感じていた。だから新学期になってからというもの、授業期間が始まるより少し前から製図室に通い始めた。流石の製図室も授業期間前には閑散としていて、なんとなくその光景は都庁前の広場に似たものを感じた。そのうち授業が始まれば人は集まってくるのだろうけど、どこか居心地が悪く、もの寂しさを感じながら作業していた。そんな中、かねてから企んでいた製図室移住計画を着々と遂行し、授業が始まる頃には、机上にこそ物は無いものの、下を見れば馬鹿みたいに道具と資材が置かれているブースが誕生してしまった。終いにはドデカいゴミ箱まで用意し、置いてあった椅子を2つ重ねてオリジナルの椅子に改造してある。どう見ても禍々しい、全くタチの悪い話だ。

そりゃルールを破れば、製図室に限らず白い目で見られる。確かに共有スペースに私物が放置されているのは、一見心地のいいことではないだろう。建築学部の設計課題では、無条件でにぎわいのある場所は良いものだと肯定されるため、設計課題ではしばしば「中間領域」や「広場」が登場し、人との共用スペースを豊かだと提案する。しかし、東京で生活する多くの人にとってそんなユートピアは実感として必要としておらず、パーソナルな居場所を求める。では一体共用スペースの豊かさとはなんなのだろう、そんなことを考えている。

少し脱線すると、2年後期に美術館の設計課題に取り組んだ。敷地は上野公園の一角。僕の設計課題はいつも敷地の気になる風景から着想が始まるが、上野公園で気になった風景は公園の隣道にあるブルーシートの塊がつくる禍々しい風景だった。それは上野公園に滞在するホームレスが、私物を盗まれまいとガードレールにワイヤーを用いて括り付けているもので、簡潔に言えば「社会からあぶれてしまった社会的弱者が、社会に抵抗した痕跡が公園という公共空間に質量を持って現れた」という風景だと分析している。

2022-12.15 上野公園付近
2023-03.30 上野公園付近

公園とはすなわち「みんなの場所」だと思う。みんなが好きなように使って、いろんな人がそこに現れれば良い。しかし上野公園に彼らホームレスの居場所は無いらしい。日中に公園に留まってしまうと管理の人から追い出されてしまうため、その時間は働きに行ったり近くを放浪したりしているそう。しかし夜になると、たちまち上野公園に戻ってきて、眠りについたりそこのコミュニティが動き出したりする。だから私物を上野公園脇の道にあるガードレールに固定し、夜になると戻ってきてガサゴソと荷物を整理しだす。上野公園は彼らにとってHomeそのものだ。一見目を背けたくなる風景だが、このリサーチが「みんなの場所」について考えるきっかけを与えてくれた。

改めて、「みんなの場所」とはなんだろう。共用製図室も上野公園もそうだ、みんなの場所とは誰のために存在し、どういう場所が作られていくべきなのか。僕は上野公園のホームレスのように、私物放置禁止の製図室という公共空間に抵抗してみたいと狙っている。

とは言っても上野公園のホームレスと僕はあまりに境遇が違いすぎる。しかし、不完全燃焼で終わった2年後期の美術館課題を再考する時に、製図室という公共空間に対する僕の応答は手掛かりになるはずだと考えていた。そんな背景があって、今製図室に大量の私物を放置してみている。

2023-04.11 製図室の風景

一応、共用製図室に私物を放置する上で、自分の中で簡単なルールを設けている。

・コースで与えられた場所以外の棚や机には置かない
・自分がいないときには机上に物は残さない
・全てのものに名前を書いておく
・1箇所にまとめておく
・物を「貸して」とお願いされたら基本貸す

上野公園のホームレスにも少し倣いながら、あくまで直接的に誰かに迷惑をかけることはしないようにこころがけている。着々とものを溜めていき、授業期間が始まってちょうど5日が経とうとしている。

なんとなく授業期間開始前の閑散とした製図室をみたとき、その器が新たな「ヌシ」を待ってるような気がしていた。1年生の時から、先輩にくっついて製図室にいりびたっていたが、毎年ヌシみたいな人がいて、その人を中心に製図室が広がっているような気がする。良くも悪くもその人が製図室の空気を作っていくような感じがしていて、空っぽの器が新たな求心的存在を求めているように感じていた。

組織も場所も、多中心的な運営には限界があると思っている。なんらかしら力を持った求心力のある存在や場所が現れて、そこを中心に宇宙が広がっていくような、そんなイメージがある。僕自身が力を持った中心になりたいとか、そんなおこがましい話ではないけど、求心力を持つ何かを生み出す起爆剤になれたらいいなと頭の片隅で思っていた。授業期間が始まってから、徐々に製図室に人が増えてきて、僕の近くにも同じように私物を放置する人が増えてきた。僕の席の近くは割といつも作業する人がたくさん集まっていたり、ある意味で僕が放置した私物が一つの求心力を持ち始めたのではないかと少し気味が良くなっている。

僕の机の設備が整いすぎていると話題になると、いろんな人が面白がって物を借りて行ったりする。そんなことをずっとしていると、あっという間に行方不明のものが増えてしまいそうだが、別に悪い気はしないのでたくさん貸している。とは言っても、そんな現象も狙っていたことの一部であったりして少し嬉しい。僕の用意したデカいゴミ箱の中には、全く食べた覚えのないお菓子のゴミが大量に捨てられていたりして、明らかに1人が出せるゴミの量を超越していてこれがまた面白いのだ。

製図室でそんなことをしていて改めて思うのは、人に優しくありたいということだ。極めて凡庸な結論だが、最も基本的な教えがあると思う。五十嵐太郎さん著作の『誰のための排除アート』という本で「誰にも寛容じゃない都市は、誰にも優しくない」という言葉に出会った。その言葉には全く共感していて、同様に「誰にも寛容じゃない自分は誰にも優しくない」と実感している。自分のために、誰かのために、公共空間のために、僕の応答は寛容でありたいと思っている。それが伝わる人には優しくいたいが、僕も人間なので、それが伝わらない人に本当は優しくしたくないと思ってしまう。しかし、製図室は寛容であってフラットな場所であってほしい。

ゴタゴタと言ってはみたが、総じて僕は製図室という公共空間を奇妙で楽しい場所にしたいと思っている。「上野公園みたいな場所」とまではいかないかもしれないけど、なんなら製図室で設計課題に取り組んでいない人がいてもいいし、みんなが各々好きなことをやってる面白い場所になっていったらいいと思っている。また、僕が建築系サークルに入らずに先輩の人脈を作ることにかなり苦労した経験から、今の製図室で1個下の後輩と僕の同期が積極的に関わっていけるような空気を作っていきたいとも考えている。僕は運よく生きのいい後輩数人と知り合うことができたので、彼らと僕を中心に先輩と後輩を繋げていく間口になることができないか、などと企んでいたり。

総括すると、僕は時に規則を破りながらも、社会に応答し続けていく、そんなはみ出しものでもありたいとも思っている。もし製図室の私物放置を怒ってくる先生がいたら、その先生と公共性について話してみたい。と啖呵を切ってはいるけど、そんなに度胸のある人間でもないので、怒られたらすぐに全ての私物を撤収すると思う。少しの勇気が湧いてきたら、荷物全てにブルーシートをかけて、ワイヤーで机の脚と固定してみるのもいいかもしれない。

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