【後編】エンタメ業界でのフリーランス保護新法の対応
前編では取引の適正化の観点からの規定について解説しました。
後編(この記事)では、就業環境の整備の観点からの規定について解説します。
エンタメ業界では、特に「中途解除等の事前予告・理由開示義務(第16条)」が重要です。
募集情報の的確表示義務(第12条)
義務の対象者
義務の対象者は、すべての「特定業務委託事業者」です。
義務の内容
広告等によりフリーランスを募集する際は、その情報について、虚偽の表示・誤解を生じさせる表示をしてはならず、正確かつ最新の内容に保つ必要があります。
具体的には、発注事業者は、フリーランスの募集内容のうち、次の①〜⑤について表示する場合には、
・虚偽の表示・誤解を生じさせる表示となっていないか
・正確かつ最新の内容となっているか
を確認する必要があります。
【募集情報の掲載イメージ】
育児介護等と業務の両立に対する配慮義務 (第13条)
義務の対象者
義務の対象となる発注者は、「特定業務委託事業者」であり、かつ、フリーランスに6ヶ月以上の期間で業務委託を行っている場合です。
義務の内容
発注者は、フリーランスからの申出に応じて、妊娠、出産、育児または介護(育児介護等)と業務を両立できるよう、必要な配慮をする義務を課せられます。
育児介護等の申出とは、たとえば、「子の急病により予定していた制作時間の確保が難しくなったので、納期を少し遅らせてほしい」「介護のため、毎週土曜日のMTGはオンラインにしてほしい」といったものです。
発注者は、このようなフリーランスからの申出があった場合、次の1〜3を行わなければなりません。
発注者は、必ずしもフリーランスの申出どおりの配慮を実施する義務を負うわけではありません。
しかし、やむを得ず必要な配慮を行うことができない場合には、不実施の旨を伝達し、その理由について、必要に応じ、書面の交付・ 電子メールの送付等により分かりやすく説明することが必要です。
ハラスメント対策に係る体制整備義務 (第14条)
義務の対象者
義務の対象者は、すべての「特定業務委託事業者」です。「フリーランスに◯ヶ月以上の期間で業務委託を行っている」等の場合に限りません。
概要
発注者は、ハラスメントによりフリーランスの就業環境を害することのないよう相談対応のための体制整備その他の必要な措置を講じなければなりません。
業務委託におけるハラスメントは、以下のようなものがあります。
義務の内容
1 ハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化、方針の周知・啓発
・・・社内報や社内ホームページなどにハラスメント禁止の方針を記載したり、ハラスメント意識啓発のための研修を実施するようにしましょう。
また、就業規則にハラスメント行為者に対する懲戒規定を定めるなどして、ハラスメントの禁止を従業員に周知・啓発しましょう。
2 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
・・・まずは①相談窓口を設置しましょう。相談窓口は、従業員向けのものをフリーランスも利用できるようにする対応や、外部機関への委託でも構いません。
そして、②相談窓口をフリーランスに周知することです。たとえば、業務委託契約書や、メール、フリーランス用イントラネットなどに相談窓口の案内を記載する方法があります。
また、マニュアルを作成するなどして、③相談窓口担当者が相談に適切に対応できるようにしましょう。
3 業務委託におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応
・・・ハラスメントが起きてしまった場合、まずは、双方の当事者や目撃者などから事情を聴取して、①事実関係を迅速かつ正確に把握することが必要です。
事実関係の確認ができた場合、速やかに②被害者に対する配慮のための措置を適正に実施することが必要です。たとえば、事案の内容などに応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助や、被害者の取引条件上の不利益の回復などを行います。
そして、就業規則に基づき行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずる等、③行為者に対する措置を適正に実施します。
また、ハラスメントに関する方針の再周知・啓発などの④再発防止に向けた措置を実施することも必要です。
4 併せて講ずべき措置
・・・そして、上記1〜3の対応に当たり、相談者・行為者などの①プライバシーを保護する措置を講じ、そのような措置を講じていることを、従業員およびフリーランスに対して周知しましょう。
また、ハラスメントについて相談をしたこと、事実関係の確認に協力したこと、労働局などに対して申出をし適当な措置を求めたことを理由に契約の解除などの②不利益な取扱いをされない旨を定め、これもフリーランスに周知しましょう。
中途解除等の事前予告・理由開示義務(第16条)
義務の対象者
義務の対象となる発注者は、「特定業務委託事業者」であり、かつ、フリーランスに6ヶ月以上の期間で業務委託を行っている場合です。後述しますが、クリエイター、タレントなどと直接取引をしている企業の多くが該当しますので、重要です。
概要
発注者は、①6か月以上の期間で行う業務委託について、②契約の解除(または期間満了後の契約の不更新)をしようとする場合、例外事由に該当する場合を除いて、事前予告を行わなければならず、また、フリーランスから請求があった場合、その理由を開示しなければなりません。
この義務はエンタメの分野ではとても重要なので、要件の詳細を見ていきましょう。
要件1:6ヶ月以上の期間で行う業務委託
これは、6か月以上の期間を定めた業務委託だけでなく、契約の更新により6か月以上継続して行うこととなる業務委託も含みます。
そのため、たとえば、3ヶ月契約を更新した場合、その更新の時点で、「6ヶ月以上の期間で行う業務委託」に該当します。
また、重要なところですが、基本契約を締結している場合には、個別契約ではなく基本契約をもとに期間を判断します。
つまり、たとえば、「業務委託基本契約書」「専属マネジメント契約書」等の契約期間を6ヶ月以上としている場合は「6ヶ月以上の期間で行う業務委託」に該当します。たとえ、契約期間を3ヶ月にしていても、更新した場合は同様です。
ですので、クリエイター、タレント、インフルエンサー、アーティスト、作家などと直接取引をしている企業の多くは、この要件に該当することになります。
要件2:契約の解除または契約の不更新
「契約の解除」とは、発注者側からの解除を指します。フリーランス側からの解除や合意解除は、この義務の対象外です(ただし、フリーランスの自由な意思に基づくものであることが必要です)。
「契約の不更新」とは、契約満了後に契約を更新しないことです。より厳密には、「発注者が不更新をしようとする意思を持って、契約満了日から起算して 1か月以内に次の契約を締結しない場合」を指します。
「契約の不更新」に該当する例、該当しない例は以下のとおりです。
事前予告義務・理由開示義務
要件1と要件2を満たす場合、発注者は、例外事由に該当しない限り、以下の2つの義務を負います。
事前予告義務:契約終了日(解除日または契約満了日)から30日前までに解除・不更新の予告が必要です。即時の契約解除はできません。
理由開示義務:事前予告した日から契約終了までの間に、フリーランスが解除・不更新の理由の開示を請求した場合、 発注者は、遅滞なく開示しなければなりません。
例外事由:事前予告も理由開示も不要の場合
以下の例外事由に該当する場合は、事前予告も理由開示も不要です。
①災害などのやむを得ない事由により予告が困難な場合
②フリーランスに再委託している場合で、上流の事業者の契約解除などにより直ちに解除せざるを得ない場合
③業務委託の期間が30日以下など短期間である場合
④フリーランスの責めに帰すべき事由がある場合
⑤基本契約がある場合で、フリーランスの事情で、相当な期間、個別契約が締結されていない場合
【参考】「④フリーランスの責めに帰すべき事由がある場合」に該当すると考えられる例
例外事由:理由開示が不要の場合
以下の例外事由に該当する場合は、理由開示は不要です。行政機関の資料では、具体例は示されていませんが、たとえば、①については、解除の理由にクライアントの営業秘密が含まれる場合などが考えられます。
①第三者の利益を害するおそれがある場合
②他の法令に違反することとなる場合
違反行為への対応
フリーランスは、この法律違反があったとして、行政機関(公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省)に対して申出を行うことができます。オンラインでの申出も可能です。
行政機関は、フリーランスの申出に応じて、調査(報告徴収・立入検査)を行い、発注者に対して指導・助言のほか、勧告を行うことができます。
発注者が勧告に従わない場合、行政機関は、命令・公表を行うことができます。命令違反には50万円以下の罰金があります。
後編まとめ
以上、後編では、フリーランス保護新法のうち、就業環境の整備の観点からの規定について解説しました。
やはり、「中途解除等の事前予告・理由開示義務(第16条)」が重要です。要は、「フリーランスを解除するときは慎重に」ということです。
ここ数年、タレント等に不祥事があった際には、マネジメント事務所等は即時解除することが正しいかのような風潮がありましたが、フリーランス保護新法の施行によりパラダイムシフトが起き、以前と同じような対応をして足元を掬われる会社も出てきそうな予感がします。
前編はこちら
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