音楽ビジネスと短期消滅時効

短期消滅時効の規定は、民法改正により既に削除されており、今後消滅していく論点です。

とはいえ、プロダクションとアーティスト(実演家)との紛争などで短期消滅時効が主張されることがあるので、この機会にまとめておきます。

1.短期消滅時効とは?

民法上、債権の消滅時効は10年(商法では5年)とされつつ、短期消滅時効という特殊な規定がありました(民法170条から174条 ※現在は削除済み)。

たとえば、医師の診療報酬債権は3年、弁護士報酬は2年などです。僕も、弁護士報酬を支払ってもらえないままに2年間放置していると消滅時効にかかって法的に請求できなくなってしまっていたわけです。

昔から短期消滅時効は合理性がない規定だと言われており、平成29年の法改正で削除され、改正法が令和2年4月から施行されました。

そのため、今後の契約関係で短期消滅時効が問題になることはないと思いますが、過去の契約関係の未払分については今後も主張されることはあり得ます。

ちなみに、一般の債権の消滅時効の規定も改正され、現在、債権は、債権者が権利を行使することができることを知ったときから5年間(または、権利を行使することができる時から10年間)で消滅時効にかかります(新166条)。ずいぶん短くなりました。

2.音楽ビジネスで短期消滅時効が問題になるケース

音楽ビジネスとの関係で問題になるのは、「演芸を業とする者報酬」(または供給した物の対価)に係る債権は1年間で消滅時効にかかるという規定です(民法174条2号 ※現在は削除済み)。

よく問題になるのは、プロダクションがアーティスト(実演家のこと。アイドルなども同じです。)へのマネジメント契約上の報酬著作権印税(著作権使用料)の支払いを怠り、一定期間が経過したような場合です。

いざ、アーティスト側がプロダクションに対して著作権印税や報酬を請求すると、プロダクション側は「それは演芸を業とする者の報酬だから1年で時効だ」といって民法174条2号を根拠に支払義務がないと主張するわけです。

3.裁判所は短期消滅時効の適用を限定する傾向

●GLAYの裁判の概要

短期消滅時効(民法174条2号)が適用されるかについては、平成21年のGLAYの裁判がとても参考になります(東京地裁平成21年10月22日判決 著作権確認等請求事件)。

この事件では、GLAYのメンバー(正確には、原告はGLAYのメンバーが代表をしている各法人)が、かつて所属していたプロダクション(被告)に対し、①専属契約に基づく報酬②著作権印税③原盤使用料のそれぞれの未払分を請求したところ、プロダクション側は、短期消滅時効(民法174条2号)を主張しました。

請求内容についてもう少し詳しく説明すると、

①専属契約に基づく報酬とは、通常イメージするプロダクションとアーティストとのマネジメント契約上の報酬のことです。たとえば「物販の利益の何%、出演のギャラの何%を分配しますよ」という契約上の実演家の報酬です。

②著作権印税とは、MPAの「著作権契約書」上支払われるべき著作権使用料のことです。GLAYの各メンバーが著作者、被告のプロダクションが音楽出版社として「著作権契約書」を締結して著作権を譲渡していたので、その対価の請求です(MPAの契約書だと明言されているわけではありませんが、裁判例で引用される契約書の条文番号と文言がMPA契約書と一致しているので間違いないと思います)。

③原盤使用料は、少し複雑です。もともとプロダクションはGLAYの楽曲音源の原盤権を保有していましたが、プロダクションがメンバーの会社からお金を借り、その担保として原盤権をメンバーの会社に譲渡していたのです(譲渡担保)。その上で、メンバーの会社がプロダクションに原盤権を使用許諾する形を取ったので、プロダクションは原盤使用料を支払わなければならなかったわけです。

●裁判所の判断

さて、GLAY側のこれらの請求に対して、プロダクション側は短期消滅時効(174条2号)を援用しました。

しかし、結論として、裁判所は①専属契約に基づく報酬、②著作権印税、③原盤使用料いずれについても短期消滅時効の適用を否定しました。つまり、プロダクション側の主張する消滅時効は認められず、GLAY側の請求が認められた形です。

裁判所は、民法174条2号が1年という短期消滅時効を定めた趣旨は、「極めて短期に決済されるのを通常とし、その弁済につき領収書等の証拠書類も作成しないことが多いこと」であるとし、これに対し、本件の場合は、短期決済が予定されておらず明細書等を作成することが予定されているので、「民法174条2号が予定する債権とは性質を異にする」として、本件には174条2号は適用されないと判断しました(通常の商事債権として消滅時効は5年)。

ちなみに、②著作権印税については、そもそも「演芸を業とする者の報酬」などに該当しないと判断されています(個人的には、著作権印税はもちろん、①マネジメント契約上の報酬や③原盤印税も「演芸を業とする者の報酬」には該当しないと考えています。)

この裁判例の考え方からすれば、1ヶ月〜数ヶ月に1回、明細書と共に振り込まれるような報酬や印税については、短期消滅時効が適用されないと考えてよさそうです。さらにいえば、契約書に基づいて支払われるのであれば短期消滅時効は適用されないという考え方も十分あり得ます。

他方、フリーのミュージシャンが単発でレコーディングやコンサートで演奏したときのギャラなど、書面も交わさず印税方式でもない報酬については、短期消滅時効が適用される可能性もありそうです。

一般的に、短期消滅時効の規定は合理性がなく限定的に解釈すべきと考えられており、この裁判例もそのような判断になっています。僕自身が取り扱った裁判でも短期消滅時効が認められた例はなく、裁判所の傾向として、マネジメント契約上の報酬や著作権印税には短期消滅時効が適用されない方向性だと考えています。
まぁ普通に考えて、契約書に基づく数百万円〜数千万円の報酬債権が1年で時効消滅するというのは明らかに不合理ですよね。


4.アーティストの労働者性について(補足)

話は変わりますが、この裁判例ではGLAYの労働者性も争点になり、結果、「GLAYは労働者ではない」と判断されました。

しかし、この点については非常に誤解が多いので、補足しておきます。

この裁判は、GLAYによる専属契約に基づく報酬の請求に対して、プロダクションが「GLAYは労働者だったので、専属契約に基づく報酬債権は労働債権だ」と主張し(労働債権は2年で時効にかかる)、消滅時効を援用した事件です。
これに対し、GLAYは「労働者ではなかった」として、2年の消滅時効にはかからないと主張しました。
その結果、「労働者ではなかった」と判断され、消滅時効の主張は排斥され、GLAYの請求が認められたのです。

他方、プロダクションとアーティストとの一般的な紛争では、アーティスト側が「自分は労働者だった」と主張して最低賃金や時間外手当を請求し、プロダクション側が労働者性を否定して争います。つまり、この裁判例とは逆です。

それなのに、プロダクション側が労働者性を否定する根拠として、説明もなしに当然のようにこの裁判例が引用されることの多いこと。

原告・被告の主張が逆になれば、具体的な主張も立証も戦術も全く変わってきます。プロダクションがアーティストの労働者性を否定する場合にこの裁判例を引用する場合は、内容をよく読んで事案に即してきちんと指摘しなければ、かえって自分に不利に働くこともありますよ。

いずれにしても、この裁判例は、プロダクションとの契約内容や原盤使用契約の内容にも触れてありとても勉強になるので、一度読んでみることをおすすめします。

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