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【建築】光とコンクリートがつくる神聖な空間は神言神学院(アントニン・レーモンド)

タイトルから安藤忠雄さんの教会を想像した方もいらっしゃるかと思うが、今回は建築家アントニン・レーモンド。建築好きな方ならご存知だろう。私もお気に入りの建築家の一人だ。
フランク・ロイド・ライトの助手として帝国ホテル建設の際に来日し、後に独立して日本で設計事務所を開設した。日本の近代建築の巨匠と呼ばれる前川國男や吉村順三もレーモンド事務所で学んでいる。東京女子大学や群馬音楽センターなど文化財やDOCOMOMOに指定された建物も多い。大きな建築のみならず小さな教会なども設計しており、その手法は木造からコンクリート造まで多岐にわたる。


特に打ち放しコンクリートは戦前から取り組んでおり、構造はもちろん表面の仕上げにまでこだわりがある。それは決して建築家のエゴではなく、求められている機能や用途には必要なものだということが完成した建物を見れば分かる。


例えば聖アンセルモ目黒教会。カトリック教会だが礼拝がない時はオープンになっており、信者ではない私もこの近くを通るとよく立ち寄っていた。

天井や壁の折板と呼ばれるコンクリートの構造は実験的な建築のようにも見えるが、それを活かして壁に設けたスリット窓から差し込む光は、礼拝堂に美しさと神聖さをもたらしている。


レーモンドは多作で全国各地に彼の建築が残っているが、我が街名古屋にもレーモンドの代表作と言える建築がある。それが今回紹介する神言神学院だ。

神言会は1875年に聖アーノルド・ヤンセン神父によって創られた修道会である。日本では名古屋を本部として、新潟、仙台、東京、名古屋、福岡、長崎、鹿児島を教区としながら宣教や各地域との交流を図っている。
神学院はその神言会が運営するカトリック教の司祭・修道者・宣教師を養成する学校であり、日本人だけでなく海外からの宣教師や留学生も少なくない。


実はこの建築、自宅から遠くないので外観は何度も見ているが、建物内には入ったことがなかった。しかし今回あいちのたてもの博覧会というイベントの中で南山大学と併せて礼拝堂の見学企画があったので参加することにした。


神学院は同じく神言会が開設した南山大学のキャンパスに隣接している。(現在は南山大学は学校法人としての経営となっている)


正面から見ると、"入れ子"のような尖塔が存在感を放つ。
壁の赤色は神学院のある名古屋東部の地質の粘土層の色をイメージしている。


この建物が出来たのは1966年だが、エントランスのシャープな庇は現在でも通用するデザインだ。


この施設は学校であると同時に礼拝堂でもあるが、過度な威厳は感じさせず、カジュアルに来訪者を迎えてくれる雰囲気がある。


事務室・教室・居室が入るロの字型の建物があり、その中庭にユニークな形の礼拝堂が鎮座している。屋上から見るとその配置がよく分かる。


中央の尖塔をカマボコのような5つのシェル構造(貝殻のような曲面を持つ強固な構造)の屋根が取り囲む。尖塔は銅鐸にも見えてしまう w。


シェル構造の部分は3階建てに見えるが、実際は2階建て。この後紹介するが、1階が地下聖堂、2階が高さのある礼拝堂となっている。


まずは地下聖堂から見学させて頂く。


一般的な教会では地下聖堂はCryptと呼ばれ、主となる礼拝堂や身廊の階下につくられる。欧州の教会などでは石造りの部屋が多く、個人や小規模な礼拝施設として使われるが、納骨所や聖遺物を納める場所として使われることもある。しかし神言神学院では小規模な礼拝としての用途がメインだろう。


地下といっても中庭レベルからすると1階なので窓がある。ただし窓の数や面積は少ないので、全体的には薄暗い。


壁際には小さな祭壇も設けられている。


椅子に隠れて分かりにくいが、床の変形の四角い模様は祭壇に向かっている。その床にオレンジ色の照明が光を落として、神聖な雰囲気がつくられていた。


壁のコンクリートはツルッとした仕上げではなく木目のような模様がある。これによって無機的ではなく、どこか"温もり"を感じられる空間にもなっている。


地下聖堂の建築的な見所は天井。連続したひし形模様に梁が組まれていて、照明などの設備はその中に設置されている。


この天井を見て、ルイス・カーン設計によるイエール大学アートギャラリー(1953年竣工)を思い出しだ。この天井にも設備が組み込まれている。


どちらもデザインと機能を両立させている事例だ。



次が礼拝堂見学だが、その前に地下聖堂と礼拝堂を結ぶこの階段。緩やかに描くカーブが心憎い。直線でも全然問題ないのにね。

というか同じ施設でもロの字型の建物部分は直線で仕上げているのだが、この違いは何だろう?



さて礼拝堂。


入った瞬間、思わず感嘆の声が出そうになった。
カラフルなステンドグラスからの光が素晴らしいのだ。


見上げれば、外から見たシェル構造の天井には照明が反射して全体を柔らかく照らし、礼拝堂を優しく包む。


中央では尖塔のスリットからの光がぼんやり祭壇を照らす。


祭壇の周りは半円状に一段高くなっており、礼拝の他に教会コンサートなどの開催にも適している。見学した時もハンドベルクワイアの練習中であった。


2階にも会衆席がある。


美しい内部空間だが、ステンドグラスの他には特に装飾はない。

こうした歪みのあるガラスは今ではなかなか手に入らないだろう。


唯一の装飾は構造体であるコンクリートそのものである。コンクリートの造形がそのまま建物のデザインとなっている。2階席を支える柱も力強いデザインだ。


コンクリートの表面もよく見てほしい。地下聖堂もそうだが、まるで木目のような模様が出ている。これはコンクリートを固めるときに型枠として杉板を使っている。その杉板の表面の模様がそのまま浮き出ているのだ。

木製のドアと並んでも馴染んで違和感がない。


階段の裏まで丁寧に仕上げている。



この建築、尖塔もシェル構造の屋根も杉板模様も建築の技巧を見せびらかしているように思う人もいるかもしれない。が、そうではなく、この技術や工法がこの地における礼拝堂に最も適しているから採用されているに過ぎない。実際この空間にいると、無神論者の私でさえ敬虔な気持ちになってしまう。



神言神学院は1966年に完成したが、経年によりコンクリートの汚れやひび割れが目立ち、杉板模様も薄れてきた。また機能的にも現在の用途に合わなくなってきたことから、2012年に大改修が行われた。コンクリートは洗浄・補修されて美しく甦った。諸室も一部改修され、設備機器も更新された。


ただしこれらの改修は原状回復や機能の改善に関することだけで、構造的には劣化はなく、しかも現在の耐震基準を満たすものであったそうだ。それはこの建物の耐久性が高く、将来性についても充分考慮して建てられていたことの証でもある。
これからも大事に愛されて使われていくだろう。


ところでこの空間、私はとても気に入ったが、ある建築に似ていると思った。
それはル・コルビュジエによるロンシャンの礼拝堂。こちらの竣工は1955年。

外観はともかく、内部に入った時に感じた印象が似ていた。

塔からの光の落とし方も。


レーモンドはフランク・ロイド・ライトに学んでいるにも関わらず、むしろコルビュジエからの影響の方が強いと言われている。オマージュか? 参考か? 偶々か?
しかしどちらも素晴らしい建築であることに変わりはない。


ちなみに南山大学キャンパスもレーモンドによる設計である。
そちらも素晴らしい建築なのでまた改めて!



なお冒頭にも書いたように、今回はあいちのたてもの博覧会による企画であった。あいちのたてもの博覧会は、普段は公開していない愛知県内の建物を特別に見学出来たり専門家による建物の歴史や解説を聞くことができるイベントで、2014年以降毎年秋に開催されている。

次回はどんな建物が公開されるのか?
ぜひまた参加してみよう。


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