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水野良樹×福里真一 茶会 ~日常の地続きをテレビCMのなかに。~

水野:ご無沙汰しております。前回お会いしたのが、コロナが起こる今年の春前ぐらいですかね。タイ料理かなんかのお店で…。あれから数ヶ月で本当にいろんなことが起きたので、そのなかで考えていらっしゃること含め今日はいろいろお伺いできたらと思います。まず僕、BOSSの『宇宙人ジョーンズ』シリーズのCMを拝見したのですが、すごく感動しました。

福里:ありがとうございます。ジョーンズが地球人にアドバイスするやつですかね。

水野:はい、あの企画はコロナがあってからお考えになったんですよね?

福里:そうですね。『宇宙人ジョーンズ』シリーズはもう15年目をむかえていまして、地球を調査するといいつつ、現代日本だけを調査し続けているという内容なんですけど(笑)。そういうCMだからこそ、このコロナ禍で何も発信をしないのはどうだろうという話にまずなったんです。とはいえ、そのタイミングでどんなCMを打つのか悩みましたし、企画を提案するごとにどんどん状況が深刻になっていったんですよね。緊急事態宣言が出されたり。

そういうなかで最初は、必要最小限の撮影をして、この状況に対するBOSSなりのメッセージを送る企画をいくつか考えていました。でも今の時期、撮影をしてCMを作るのはスタッフの方々を危険にさらすことにもなるし、社会的な批判も浴びるだろうと。それで最終的には「一切、撮影なしで今までの『宇宙人ジョーンズ』シリーズのCM素材を使って何かやろう」という判断になりました。そうなると、これまでの良い場面を抜き出して「今の状況に負けずに頑張っていこう」みたいなポジティブなメッセージを入れるとか、総集編的なものしかできないかなとも思ったんです。だけどこのシリーズは今までも総集編ってわりと何度もやっていまして。

水野:あー、なるほど。

福里:去年、令和に切り替わるときも。平成最後の日に『宇宙人ジョーンズ・平成特別』篇として、平成の30年を振り返るという形でやったばかりで。その方向だと同じようなCMになってしまうので、ただの総集編ではないような何かができないかと考えて、生まれたのがあの『宇宙人ジョーンズ・宇宙人からのアドバイス』篇ですね。過去のジョーンズのいろんな振る舞いと、新しい生活様式のなかで気をつけるべきことのアドバイスを強引に結びつけるという形。それだと撮影もいらないし、かつ、単なる総集編にもならないんじゃないかなと。

水野:こういう状況だと条件がたくさんできて、こうせざるを得ないということも多くなってきますよね。とはいえ普通のCMでも、前に福里さんにお話を伺ったとき「CMは良くも悪くも妥協の産物で、タレントさんやスポンサーの事情だったり、途中でいろんな条件をかいくぐって企画が実現されていく。だから自己表現というより、最終的には成り行きになる」ということをおっしゃっていて。でも改めて『宇宙人からのアドバイス』篇をはじめ、福里さんのCMを拝見すると、ちゃんと福里さんっぽいというか。そこが不思議なんですよね。何故、多くのひとの意思決定や多くの環境条件が入るにも関わらず、福里さんっぽくなるのでしょうか。

福里:そんなに自分で意識していることはないんですけど、『宇宙人ジョーンズ』シリーズの場合は、地球にやや馴染めない宇宙人が地球人との距離を感じ、ちょっと皮肉めいた見方もありながら、でもそこまで批判的なわけでもない目線を送っている。基本的にはおもしろがっている。その宇宙人の目線が、そもそも私と近いんですよ(笑)。

水野:そうですよね(笑)。

福里:学生の頃も、クラスのちょっと端っこでいろんな争いや友情やら何やらをそれなりに面白がって見ていたところがあるし、立ち位置がすごく宇宙人と近くて。そういう意味では視点そのものが似ているので、私を知っている方からすると“らしさ”が出ているのかもしれないですね。だから『宇宙人からのアドバイス』篇も“結局アドバイスしない”という終わり方なんですよ。宇宙人がアドバイス動画をアップしようと思っていたけれど「でも私が言わなくても、みんなやるときはやるだろう」って動画を削除する。そこも自分に似ていると思います。「アドバイスみたいなことしたほうが良いのかな…。でもまぁ、そんな立場でもないからやめておこう」って。そういうところは反映されているんじゃないかな。

水野:あの「やるときはやる」というメッセージが、観ているほうからすると、信じられているかのように思えて、すごくグッときましたね。最後に渡してもらったような感じがします。コロナの状況下で、福里さんご自身は精神面などあまりお変わりありませんか?

福里:少なくとも体は楽です(笑)。フリーの立場なので、もともとはすごく移動が多かったんですよね。たしか水野さんもそうだと思うんですけど、カフェを転々としながら企画を考えて、それ以外の打ち合わせや撮影や編集もいろんなところに移動しながら一日を過ごすという生活を送っていて。もちろん移動にはバンバンタクシーを使ったりもしていたんですけど、やっぱり意外と疲れるんですよ。でも今は圧倒的にリモートなので、ずっと家で仕事をする状態になっていまして。そうするともう本当に体が楽で、私世代の人間にとってはラッキーな状態が急に来たような感覚もあります。

水野:家に篭ったほうが考えやすいみたいなことはあるんですか?

福里:今までなら考えられなかったんですよ。受験勉強のときから、私は自宅だとボーっとしてしまって、まったく勉強ができなくて。当時は河合塾の自習室に、生徒でもないのに行って勉強したりしていました。でもこの状況でそうも言っていられなくなって、自宅で企画をしてみたら、意外とできてしまい。今までは何だったんだろうって(笑)。

水野:僕もカフェで仕事をするんですけど、たとえば書き物があるときなんかは、ひとところのお店にいるのがすごくツラいんですよね。1時間ぐらい経ったら、切り替えたくて次のカフェに行きます。そうやって場所を移ることが結構、頭の切り替えになったり、一瞬リフレッシュになったりするんですけど、ずっと家にいなきゃいけないというのは苦しくなかったですか?

福里:そうですねぇ…。でも私は企画の時間が、基本的に“2時間1セット”なんですよ。カフェで仕事をしていたときは、1つ目のお店で2時間やって、また別のところに移動して2時間やる。それは自宅でも変わらなくて。まず午前中10時~12時で1セット。お昼ご飯を食べて、それが気分転換となり、午後2時間また1セット。大体その1日2セットでクタクタになっちゃいますね(笑)。

水野:でもその1日2セットの企画以外にも、打ち合わせとかプレゼンとかがあるわけですもんね。

福里:まぁそれも気分転換になっているのかな。そういえば私、仕事のメソッドとして今でも思い出す話があるんです。以前、SMAPの「オレンジ」を作詞作曲された市川喜康さんと水野さんがお話されているとき、私もたまたまいたじゃないですか。そのとき水野さんは「サビを先に考えて、そのサビを活かすためのそれ以外の部分を考えていく」みたいなお話をされていて。一方で市川さんは「絶対に曲頭から順番に作っていく」とおっしゃっていたんですよね。これ、私は両方をやろうと思っていまして。

水野さんにとってのサビって、広告の企画でいうと“コアアイデア”だと思うんですね。企画を成り立たせる核になる部分。広告業界だと、まずその“コアアイデア”を先に考えて、そこから具体的なストーリーを考えていくというのが主流なんですね。でもそれがなかなか思いつかないこともあって。その場合は、すばやく市川メソッドに切り替えてみるんです。たとえば、冒頭でジョーンズが歩いてきて何か言う、というストーリーの頭から考え始める。すると、その後半は最初は何も思いついてなかったとしても、次はこう、次はこう、って進めていくことで意外と出てくる。だから私は、水野メソッドと市川メソッドの両方をうまくいただきながら、企画をやらせていただいています。

水野:どちらのほうがより得意ということもないんですか?

福里:うーん、どうだろう。私の場合、シリーズものが多いんですよ。それはキャラクターがいるということでもあるんです。たとえばBOSSだと『宇宙人ジョーンズ』だし、ENEOSだと『エネゴリくん』だし。すると、キャラクターを動かしていくことで企画ができるというところがありまして。そういうパターンの方は、そんなに広告業界に多くないかもしれないですね。ドラマの脚本家の方とかならいらっしゃるかも。

水野:連載ものに近い感覚なのかもしれないですね。前に『キングダム』の作者である原泰久先生と話したんですけど、連載マンガって毎週〆切が来るわけじゃないですか。でもそんなの絶対に気が狂っちゃうと思って(笑)。それで「どうしてできるんですか?」と訊いたら、原先生は「もちろん大変なんだけど、続きものだから。大まかなアイデアはどこかで考えなきゃいけないとしても、1つ話が終わると次が想像つく。そういう意味では走っていけるんです」とおっしゃっていて。福里さんの感覚もそれに似ているのかなって。

福里:あー、たしかにそうかもしれないです。多分、広告界だと圧倒的に“コアアイデア”先行派が多いし、企画の作り方もそっちで教わるんですよ。だから、頭から順番にストーリーを考えていくやり方を取り入れているひとは、かなり少数派な気がしますね。

水野:そういえば以前、福里さんは「なんでそんなにアイデアが出るんですか?」という質問に対して「いきなり二つ飛ばし、三つ飛ばしのアイデアに辿り着こうとするんじゃなくて、一つずつ論理的に“これはこうだからこっち”と、順を辿るように見ていく」とおっしゃっていましたよね。そのお話にも通じているのかなって。

福里:そうだと思います。たとえば、多田琢さんという有名なCMプランナーの方がいるんですけど、その方は天才肌なんですよ。ペプシストロングの桃太郎CMシリーズってあったじゃないですか。小栗旬さんが桃太郎役の。あれをどうやって思いついたかというと、ある日、青空にでかい鬼が顔を出すビジュアルが浮かんだんですって。それで「このでかい鬼をなんとかして実際に見たい!」って企画に繋がったそうなんです。まさに天才型ですよね。まずひらめきがあって、そこに商品とかを紐づけていく。そうするとジャンプ力のある、誰も思いつかないような企画ができて、そういうものを作れるひとを私は“クリエイタータイプのクリエイター”と呼んでいるんですけど。そういうのが私にはまったくないんですよ。ノンクリエイタータイプ。まずこれをやりたいとか、突然ひらめいてとか、あるわけではなく本当に順番に“これはこうだからこっち”と作っていく感じですね。

水野:僕は曲作りに関して「サビを先に考える」というお話をしましたけど、サビが浮かんだ瞬間に何が見えているかというと、素晴らしいAメロBメロが完全にできていて、曲も大ヒットしているようなイメージなんですよね。でもそれを現実に落とし込む作業がすごく難しい。だから、アイデアが浮かぶことと、それを現実に落とし込む作業、この2つがセットで“ものづくり”な気がしているんですよ。今、お話を伺っていて、実はどちらの作業が先でも同じことなのかもしれないなと思いました。たどり着く場所は一緒で、北から行くのか、南から行くのかの違いというか。

福里:そうですね。ただ、CMに関していうと、はっきり違いを感じる部分もあって。わりと“クリエイタータイプのクリエイター”は、商品から離れたところで描きたいという方が多いんですよ。思いもよらない形で商品に着地するみたいな。たとえば缶コーヒーのCMを作るにしても、前半はコーヒーとまったく関係ない話を描く。でも私は、現実でその商品が出てくる場面を描きたい気持ちが強いんですよね。働く人々がいて、そこに缶コーヒーがあるとか。今ここで暮らしていること、自分に関係があること、それの地続きがテレビCMのなかにあって、自然な形で商品が出てくると良いなって。そのほうが単純に好きなんです。

水野:観ている側のひとと同じ時間を生きているというか、同現場に生きているという感覚に、手ごたえを持たれるんですね。

福里:最初の話に戻りますけど、だからこそこういうコロナの状況も多少なりとも反映していきたいなと。先ほど褒めていただいた『宇宙人ジョーンズ・宇宙人からのアドバイス』篇のあと、BOSSのCMでは役所広司さんと堺雅人さんが共演するシリーズがずっと続いていて、このリモート時代で起こっていることを描いているんですね。今、直近で流れているのが『宇宙人ジョーンズ・銭湯』篇なんですが。それは、銭湯の壁をリモート画面にして、雄大な露天風呂の風景とかを映し出すことで、銭湯にいながら日本中の温泉に行った気分になれるといった内容のものなんです。現実は反映しているんですけど、観ていてツライ気持ちになるとか、重苦しくなるとか、ありきたりだとか、そういう形にはしたくなくて。ちょっとカラッとした感じで、今を描けるのがいちばん良いのかなって思いますね。でも広告以上に、水野さんみたいなミュージシャンの方が、こういう状況にどう反応するのかって、ものすごく難しいんじゃないですか?

水野:すごく乱暴な言い方をすると、今までは何か悲劇や事件が起きた場合のミュージシャンの音楽での関わり方って二極化していて。片方は思いっきり関わって、思ったことを言う。もう一方は、極力関わらない。それって裏を返すと、二極化できる状態だったということなんですよね。たとえばどこかで地震が起きて、避難されて苦しい状況に置かれている方々がいると、その方たちを助けるという形の場所にいられる。距離があって、自分たちは大丈夫で、安全なところにいるからコミットできるし、やめておこうという選択もできる。でも今って「自分も当事者」というところで、みんな戸惑っていると思うんです。

福里:うーん、なるほど。

水野:現実的に言えば、ライブができないとか、職を失っていくひとたちが周りにいるとか、本当に厳しい状況に置かれているというのがまずありますし。最近はだんだん気持ち的には落ち着いてきましたけど、やっぱり「自分もかかっちゃうんじゃないか」「感染したら大変だ」そういう恐怖感はひとりひとりが持っていたので、みんなが当事者なんですよね。だから助ける側に回れないというか、そんな単純な思考で曲を作れなくなっていて。今まで音楽に求められていたステレオタイプなメソッドでは対応できなくなっているんです。

だから、当事者として何を歌えば良いのか考えあぐねているし、どこにフォーカスを当てて良いのかもわからない。ただやっぱり「みんながギスギスしちゃっているよね」とか「不安だよね」とか、分断してしまっている日常をどうにかできないかという方向にどうしても歌が寄っていくのかなと思ったりはしますね。福里さんのCMで音楽というものは、非常に印象的というか、効果的というか、重要な要素として使われている気がするんですけど、CMに使う場合の音楽に対してはどういう考えをお持ちですか?

福里:BOSSの場合は恵まれた環境にありまして。普通は広告の作業って、事前に予算とかを固めなければならないので、CMを作る前に音楽を決めたり提案したりしないといけないんですね。BOSSの場合は実際に撮影して仮編集が上がってから、それにその場でどんどんいろんな曲を当ててみて本当に合うものを選んでいけるんです。これは広告業界ではすごく珍しいことで。そのやり方ができているから、うまくいっているのかなと思います。

水野:なるほど。CMソングというと、いきものがかりは「アイデンティティ」という曲がヤクルト「ミルミル」のCMでお世話になっていて。こう…歌詞があって、メロディーがあるものをCMに乗せる理由ってどんなものなのでしょうか。プラス面マイナス面あると思うのですが。

福里:やっぱり最終的には、音楽に支配されるところはありますよ。とくにCMは秒数も短いので、そこまで深く踏み込んで感情を描けるわけではないですから。必ず言わなければいけないセリフだったり、ナレーションだったり、いろんな要素があるので、最後に伝える感情的な部分を後ろで流れている音楽に委ねているところはすごくありますね。助けられているというか。

水野:音楽がアイコン的な役割を担って、メッセージや状況を伝えるんですね。たとえば、小田和正さんの「ラブ・ストーリーは突然に」のイントロとか、あれが鳴っただけで「これは恋愛のことなんだ」とか「何か出逢いがあったんだ」とか説明しなくてもイメージが湧くじゃないですか(笑)。そういうのが音楽が使われる利点なのかなと思いますね。

福里:先ほどお話した『宇宙人ジョーンズ・銭湯』篇のCMでは、なんと井上陽水さんの「夢の中へ」を使わせていただいていて。銭湯とはまったく関係ない曲とも言えるんですけど、いろんな曲を当ててみたとき陽水さんの曲によって、リモートの便利さや味気無さとは別の、リモートによって新しい何かがパッと開けてゆく可能性をすごく感じ取れるようになったんですよね。

水野:それは不思議な力ですね。いろんな曲を当てていくなかで、1曲にみんなが「あぁこれだね!良いね!」って感じになるものなんですか?

福里:いや、意見は分かれます(笑)。好みもありますから。わりと2~3曲までには絞れて、最後の1曲で迷うという感じですね。春先にマクドナルドの『ごはんバーガー』というCMを作りまして。ナイツの塙さんが新商品のごはんバーガーをお店で買って食べるんですね。それには松田聖子さんの「SWEET MEMORIES」を使わせていただいたんですけど、ただ夜におじさんがマクドナルドを食べるだけだから、これもまったく関係ない楽曲なわけですよ。

水野:だいぶ離れていますね(笑)。

福里:そのときも激論でした。一応、大人向けのごはんバーガーという商品なので、若者向けなイメージがあるマクドナルドを、ちょっと大人っぽい場所に見せたいという幅のなかではあったんです。でもやっぱり「なんで「SWEET MEMORIES」なのかわからない」みたいな意見もあり。これはクライアントであるマクドナルドのリーダーの方が、どうしてもこの曲でいきたいというお話で、パッと決めてくださいました。

水野:おもしろいなぁ。一見、飛躍しているような曲が良いと思える感覚って何なんですかね。きっとみんな塙さんと「SWEET MEMORIES」がすごく離れている事実は理解しているはずじゃないですか。でも、聴いてみたら「なんか良いね!」という感覚も理解できる。矛盾しているようだけど、そこに秘密がありそうです。

福里:そこが音楽のすごいところですよね。理屈では成立しない、すでにそこにある音楽という実在している物の力というか。歌詞がCMに合うわけでもないのに、ハメてみたら合うということがあり得るんです。

水野:ちょっと雑談になるんですけど、こないだ本を読んでいておもしろいなと思ったことがあって。たとえば「甘い」って言葉。食べものが「甘い」という意味で使われているけれど、他にも「君の指導は甘いよ」とか「甘い音色だね」とかまったく違う意味としても使うじゃないですか。ひとつの言葉から派生して浮かぶいろんなイメージがあるんですよね。そういう“イメージの共有感覚”ってものがみんなにあるんだって。それは音楽も同じだなと思いまして。

松田聖子さんの「SWEET MEMORIES」には、素敵なメロディーのバラードという一面的な認識があるけれど、それ以外のイメージとして醸し出されるものもみんななんとなくわかっているんだろうなって。哀愁とか、切なさとか。そういうものが塙さんの姿と上手く合わさることで、ストンと理解できるみたいな。それって論理や文脈を超えたところのイメージを掬えているってことだと思うんです。だから、福里さんは「自分は天才じゃない」「順を追って作っているだけ」とおっしゃいますけれど、きっと他の方が同じようにやっても福里さんみたいな味は出なくて。福里さんは、ひとつひとつの選択をするときに、単純な論理だけじゃないものをちゃんと捕まえている気がするんですよね。

福里:私が捕まえているかどうかは別として、たしかに広告って論理的な面とそうではない面がありますね。ひらめき型のひとですら、それを広告主の方に説明するときは理屈が必要ですし。逆に制作のときは、役者さんの演技や編集のスピード感や音楽に委ねていくところがありますし。理屈だけで成り立つ企画までの前半部分と、広告を実際に作っていく後半部分があって、ひとつの仕事でもやることがまったく違うという二部構成がおもしろいのかもしれないです。私は仕事としてCM作りをもう25年以上やっていますけど、飽きない要因はそこにあるように思えますね。

水野:ちなみに福里さんはいつまでCMを作っていきたいと考えていますか?

福里:2年前50歳になったとき、はっきりとひとつ決めたのは、60歳まではやろうということです。CM作りをその年齢までやるのは結構大変な気もするんですよ。結局は発注してもらえないとできないので。だからこそ大御所っぽくやりたくはないんです。ベテランな感じで、自分らしさが出る仕事だけを選びながらゆっくりやっていくんですよ、ということではまったくなく。

水野:はい(笑)。

福里:とにかく60歳まで「あのひと、石にかじりついてでもやっていたよね」「もういっぱい作ったんだから良いんじゃないの?」と言われるぐらいになると良いなと思っていて。わりとそれを今のところ実現できているというか。馬車馬のように働く日々を送っていますね(笑)。

水野:その馬車馬のように働きたいと思える原動力は何ですか?

福里:ほかにやることがない(笑)。

水野:(笑)。

福里:あとは、話題となるCMが減ってきていたり、テレビ離れが進んでいたり、広告というものがすごく嫌われていたりという現状もあるじゃないですか。消費社会を支えるものが広告だとすると、消費ってあまりしたくない気持ちっていまの時代にはきっと誰にでもあるから、その感覚もわかるんですよ。とはいえ、この仕事を25年も続けてきてしまったので、そんな中でもなんとか「あの広告はおもしろいよね」と言われたいとは思っていまして。それを実現できていれば、50歳で辞めても良かったのかもしれないですけど、なかなか実現できませんよね。やっぱり。

水野:うんうん。

福里:そう簡単にはできないけれど、世の中のひとたちに喜んでもらえる広告作りを、少なくとも60歳まではジタバタしながらやろうかな、という感じですね。

水野:福里さんは、掘って掘っていくたびに、強い方だなって思います。

福里:いやいや。話は変わりますが、いきものがかりさんの楽曲は、過去の曲ってCMで使えるんでしたっけ?

水野:はい!最近独立して幅が広がっているので。

福里:ではいつか是非。私が好きな名曲「帰りたくなったよ」などいろいんなCMにすごく合いそうな気がします。

<プロフィール>
福里真一 (ふくさと しんいち)
CMプランナー、コピーライター、クリエイティブ・ディレクター。1968年7月24日、神奈川県鎌倉市生まれ。一橋大学社会学部卒業後、1992年電通入社。2001年より「ワンスカイ」所属。1500本以上のテレビCMを企画・制作している。 主な仕事に、吉本総出演で話題になったジョージア「明日があるさ」、 樹木希林らの富士フイルム「お正月を写そう」、 トミー・リー・ジョーンズ主演によるサントリーBOSS「宇宙人ジョーンズ」、堺雅人らのCRAFT BOSS「新しい風」、 トヨタ自動車「こども店長」 「ReBORN」 「TOYOTOWN」、 ENEOS「エネゴリくん」、東洋水産「マルちゃん正麺」、 ゆうパック「バカまじめな男」、LINEモバイル「LINEモバイルダンス」など。親しみのわくCMを数多くつくりだしている。

ワンスカイ ホームページ
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ワンスカイ Twitter
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Text/Mio Ide(Uta-Net)

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