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湖に燃える恋・最終話「摩周湖 ふたたび…」

結婚してから2年後、長女、美有(みゆ)が産まれた。さらに3年後、次女、紗彩(さあや)も産まれた。

俺の大切な宝物はどんどん増えてゆく。 
順風満帆な長い時間があっても、それはあっという間に感じる。まさに結婚してからの年月の早さは幸せな時間が長く続いたかであろう。
 
 
 
しかし、平成23年の秋、明美が体調を崩して入院、検査の結果、子宮頚ガンと診断された。しかもかなり進行していたようで、余命半年を告げられた。穏やかな日常が一変した。

地元の公立大学に通っていた美有は学校を休学して明美のためにアルバイトを、紗彩は大学進学を諦めて高校を卒業したら働くと言い出した。今の現状では俺の収入だけでは全てを賄いきれない。何も言い返せない自分が辛かった…。
 
 
 
平成24年の4月、余命期間だった半年を過ぎたが明美はまだ頑張っていた。だが懸命の治療と看護の甲斐は延命3ヶ月だけに留まってしまった。
 
 
平成24年 7月9日 午前11時37分 
 
荒木明美 46歳の生涯が終わった…。
来年銀婚式までは一緒にいたかった……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「パパ、ママの机の引き出しからパパ宛ての
ママのお手紙が出てきたよ~!」
 
 
 
四十九日が終わり、生気が抜けていた俺は次女の紗彩の思いがけない言葉に我に返った。
 
娘たちが明美の部屋の細かいものを整理していたので見つけたようだった。俺への御中ということなので見たがっている娘たちを尻目に俺はソファーでその手紙を読み始めた。
 
 
 
 
パパへ
 
この手紙を読んでるという事は、私はもうここにはいないですね。病院に入院する前に書いている手紙です。
 
正直、ガンのような気はしていたんだけど我慢をしながら子供達のために働いていた自分は
ダメな母親でダメな妻です。
 
 
でもね、この時は絶対に生還してやるという気持ちでいたんだけど……この手紙を読んでいる事は…残念ながら私はこの世にはもう存在していないのですね…。
 

パパ・・・いや、ヒロユキさんって久しぶりに呼びますね。出会いからいろいろとあって死ぬまで迷惑をかけっぱなしのどうしようもない女でした。
そしてそのどうしようもない女、今の今まで嘘をついていたことがあります。

 
それは……私が記憶喪失であなたとの記憶を
忘れた時に、留萌の病院から釧路までの帰り道、危険な思いをして私が昔の彼のことを思い出した事を話しましたよね?
 

実はあの時、絶叫して泣いた瞬間、あなたとの
様々な思い出が全て蘇っていたんです。そして自分がお酒の力を借りて男性と遊んだつらい過去も一緒に思い出してしまいました。 
 
 
私はあのときヒロユキさんが言った「ストレス」という言葉がとても気になりました。
確かに私の過去も全てまとめて愛してくれると
ヒロユキさんは言ってくれましたが、そこがきっと私のストレスだったのでしょうね。
 
 
 
これを思い出した事を話すと逆にあなたにストレスをかけて、本当の意味で真っ直ぐに愛してくれるのかと心配になりました。だから私は昔の彼の事以外は思い出せないふりをして、あなたとの新しい思い出を重ねることで誰も傷つかない嘘を選択しました。
 
 
とはいえ、嘘は嘘です。ごめんなさい。
 
でもこの嘘で私はストレスなくヒロユキさんを愛することが出来たし、あなたもそうだと信じたい。これはついてよかった嘘だとそう思っていいですよね?
 
 
心残りがあるとしたら・・・美有と紗彩のことです。パパ一人で娘二人を育てられるか心配です。でも、私はいつでも二人のそばにいて見守ってあげようと…それしか出来ないけれど……ここに約束します。
 

そして・・・ヒロユキさん・・・・。
 
 
 
こんな私を選んでくれて、愛してくれて・・・
 
ありがとう、本当にありがとう・・・・・。
 
 
貴方の妻でいて幸せでした。 だからこそ先に逝ってしまう事がとてもつらい……ごめんなさい……。
 
 
 
もっともっと たくさん愛してるって言えばよかった。もっともっとたくさんキスをすればよかった。そして……
 
 
 
 
もっともっとたくさん……貴方といつもそばで寄り添い一緒に生きていたかった…。
 
 
私の姿はなくなるかもしれないけど 貴方の心の中にいつまでもいられるように視線を送り続けるからね。
 
 
 
さようなら……。
愛する家族たち………さようなら……。
 
 
また・・・逢える日まで
 
 
さようなら……。
 
 
 
                                              明 美
 
 
 

 
 
 
 
亡くなってから葬儀が終わるまで、一粒の涙も流さなかった俺だったが……緊張の糸が一気に切れた。娘たちがいるのにも関わらず 大声を出してひたすら泣き続けた……。
 
 
 
今、改めて失った物の大きさに気がついた。
泣くことしか出来ない自分が悔しくてさらに悲しくなり、涙した。
娘たちも手紙の中味が想像できたみたいで俺の泣いている姿を見て一緒に泣き出した。家族が淋しさに暮れていた。
 
 
 
 
 
インターホンのチャイムが鳴った。俺と紗彩は泣き続けていたが、長女の美有は涙を拭いてインターホンの受話器をとった。

 
 
「あ~!美奈子おばちゃん! どうぞ~!」

そう、明美のお姉さん 美奈子さんだった。
 
 
 
「おいおいおい! ヒロちゃん、あんた初めて泣いてるのを見たよ!どうしたんだい?」
 
 
 
「美奈子姉さん、こんな手紙を明美は残してたんですよ、さすがに俺も我慢できなくって…」 
 
 
俺はその手紙を姉さんに渡した。姉さんは読み進めるうちに目がうっすらと輝き始めているのが見えた。そして俺にボソボソを喋り出した。
 
 
 
「おまえたち、皆でどこかに遊びに行ってきな、私が留守番してるからさ…私も葬儀から今まで哀しさを堪え過ぎて泣けなくなってしまった。今日は私も明美の前で思いっきり泣きたいよ…明美と二人っきりでいろいろと話したいこともあるし…それに……船の事故で亡くなった旦那にちゃんと面倒見てもらえるように明美に言い聞かせておくから…
 
私も明美の前で思いっきり泣くよ! ふふっ」
 
 
 
 
「……わかりました。じゃあ家族で行きたいと思っていたところがあるからちょっとドライブに行ってきます。」
 
 
 
「え~? パパ どこに行くの?」
 
 

「美有、紗彩、パパとママの思い出の場所に行ってみようか?」
 
 
 
「わぁー!行く!行く! パパとママの恋愛中のことって聞いた事ないから、行ってみたい!」
 
 
 
「じゃ、姉さん、夕方には帰ってきます。」
 
 
 
「わかったよ、ご飯作って待っているからね、気をつけて。」
 
 
 
 
 
 
俺たち家族3人は 母であり妻である明美との思い出の場所に車を走らせた。すると美有がこんなことを言い出した。
 
 
 
「ねぇ、パパ、美奈子おばちゃん、最近随分うちにやって来るよね!ヒロちゃん、ヒロちゃんって! もしかして美奈子おばちゃん、パパに気があるんじゃないの?」
 
 
 
「おい 何を言い出すんだ!ママが亡くなって日が浅いのに、パパやお前たちが心配なだけだと思うよ、お姉さんとして……。」
 
 
「だったら、美奈子おばちゃんと皆で一緒に住もうよ!それだったらママも許してくれるってば!いいよね、ねっ!」
 
 
 
「紗彩、じゃお前がおばちゃんにお願いしてみなよ!パパは言わないからな!」
 
 
 
「あー!パパ、もしかして照れてるの? やっぱり気があるんだ!」

 
 
「ばかやろう!親をからかうんじゃない!」
 
 
 
 
久々に楽しい家族の団欒であった。
 
 
 
 
 
「ところでパパ、これからどこに行くの?」
 
 
 
「弟子屈町……摩周湖を見に行く。」
 
 
 
「え~! パパとママの思い出の場所って摩周湖なの?」
 
 
「……ダメなのか?」
 
 
「い、いやあまりにもイメージが違った。 パパが誘ったの?」
 
 
 
「そう、パパが声をかけた。そして誘った。可愛かったんだぞママは……そうだな、美有も紗彩もその頃のママにそっくりだ。」
 
 
 
「いやだぁ~!娘に惚れる父親!近親相姦だけは勘弁してよー!」
 
 
「あのなぁ~……いいかげんにしろよ!」
 
 
「あはははは!、超ウケる~~!」
 
 
 
 
今どきの女の子だけど、間違いなく明美の遺伝子を受け継いだ娘たちがより愛しく思えた。そんな娘たちは沈んている俺を励まそうと明るく振舞い冗談を交えてくれていることを強く感じた。
 
 
 
 
 
 
 
車は摩周湖の展望台の駐車場にたどり着いた。
 
 
 
 
 
「美有、紗彩、パパとママが初めてのデートで来たのがこの摩周湖だよ。ここが二人の燃えるような恋の始まりの場所だ!」
 
 
 
「私も紗彩も摩周湖を見るのは初めてだから嬉しい!早く見よ!見よっ!」
 
 
 
 
俺たちは車から下りて摩周湖を見下ろした。
 
 
 
 
 
「わぁ~!素敵~!綺麗!」
 
 
「でもパパ? もしかして私たち御嫁に行くのが遅くなる?結婚できなくなっちゃう?」
 
 
 
 
「大丈夫!ママも今日と同じ湖を見ているけれど22歳でパパと結婚した。二人とも幸せな結婚が出来るよ、きっと……。」


「そっかぁ、それなら安心だね、ママも今頃
お空の上から一緒に摩周湖を見てくれているかな?ママがいつもそばにいるならまた、ここで
一緒に摩周湖を見ようね、パパと4人で……」


「うん、紗彩、また来よう、4人で……。」 
 
 
 
 
家族で見た摩周湖は素晴らしい輝きだった。
 
あの日、明美と初めて見た紺碧の摩周湖と同じように……。
 
 
 
 
 
 
 
               = 湖に燃える恋 ・ 完 =

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