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My Love〜高校生編・最終話「さよならの向こう側 -後編-」

昭和55年9月18日 AM9:00
僕らは街の中心部にある平和公園で待ち合わせた。

僕は白いサマーセーターにジーンズというラフな格好、特別はおしゃれをせずに普段の何気ないデートのつもりでいたかったから、しかし裕華のコーデを見てびっくりしてしまった。
ピンクのワンピース、スカートの丈は膝が少し隠れるくらいの長さでフリルのついたものだった。聖子ちゃんを意識したのだろうか?



「今日は…お姫様になったつもりできました。素敵な王子様、今日はよろしくね!」



その可愛らしさに僕はドキっとした。しかしサマーセーターにジーンズの王子様はちょっと格好が悪かった。でも同じ時間を共有する2人の最後のデート、服装はどうでもいい、僕らは人の視線など気にせず腕を組み、ぴったりとくっついて街の中を歩いた…というよりも彷徨(さまよ)っていた。

2人とも笑顔だけど今から最後の瞬間が怖かった…。

ゲームセンターに入った。何かゲームをしたのだが覚えていない。その後、パフェのおいしい喫茶店に入って「ペアチョコパフェ」を頼んで、二人で食べた。2人で共有する思い出をたくさん作る。

そして…クラスの友人、山本の親が経営している写真館へ入った。裕華には内緒にしていたサプライズ、記念写真を撮るためである。当時、プリクラもデジカメも携帯も、さらには「写るんです」もなかった時代、そこでプロに任そうと山本とご両親に無理をしてお願いした。

代金は僕の貯金から…と思ったが山本のお父さんが「息子から荒木君のこと、よく聞いていて
今回の事は息子が世話になっているお礼も兼ねて、料金はいらないよ、柏木さんとの思い出の1枚を頑張って撮らせてもらうよ….。」と涙が出そうな言葉が……。何も知らなかった裕華は勿論、知っていた僕もまさか、そんなサプライズが待ち受けていたとは思いもよらなかった。

さらにこの写真館の貸し衣装、スーツをただで貸してもらって2人の素敵な写真を撮った。

「裕華はそのままで十分素敵だから、僕はスーツを着るよ。」

そう言って紺のスーツを見に纏うと裕華は


「ヒロちゃん、かっこいいよ!この写真大切にするね、ありがとう!」


今じゃ考えられないだろうけど、裕華にとっては最高の贈り物になった。そして…最後のデートとなる場所へたどり着いた。





そう、記念すべき高代公園、まだ時間はたっぷりある。大きな湖の上をボートを漕いで楽しんだ。オールがうまく使えなくて思った方向に進めず、この日ふたり初めて心の底から笑った。


そんなことをしているうちに陽は傾き始めた。僕らは秋の色に染まろうとしている遊歩道をゆっくりと奥に進んで行った。初めてのキスをしたあの場所にたどり着いた。



「裕華、僕らはここから始まったのかな?」



「ヒロちゃん、私は隣の席に一緒になった瞬間から始まったと、今はそう、思っているわ。」


「そうか、裕華と出会って、ここでキスを交わす運命だったんだ。」



「そうね…そして今、ここで二人は離れてしまうのね。」


「なんだよ、離れるだなんて…お互いのいる距離がちょっと遠くなるだけだよ。」



「わかってる、そんなこと…ず~っとわかってる!でも…でも…函館は遠すぎるよ…会いたくてもすぐに会えないのよ!」




気丈に今まで振舞っていた裕華がついに壊れた。風船に針の先がスレスレに触れている。裕華はびっくりするくらい僕に強くしがみついてきた。僕も壊れそうだった。細い裕華の体を、その感触を、焼き付けるかのようにしっかりと抱きしめた。 


「ヒロちゃん、裕華のこと、ず~っと好きでいてくれる?」


「うん、もちろん、どこに居たって裕華が一番大好きだよ…。」




「……ありがとう…ご、ごめんね、泣かないってず~っと心に決めていたのに…こんなに幸せなのに…こんなにヒロちゃんに愛されているのに…なんで、泣きたくなるの?」





裕華の顔は涙でボロボロだった。僕も限界寸前だった。いつ涙が出てもおかしくはなかった。しかし今、ここでは泣けない。もっと悲しい瞬間がある。そのときまで涙は取っておきたかった。


僕はかける言葉が見当たらず、ただ泣きじゃくる裕華を抱きしめているだけだった。そして、裕華の涙が激しくなったとき、僕はある決断を裕華の耳元で囁いた。



「裕華、あと2年我慢して一生懸命勉強して、どこの大学にするか、わからないけど2人で同じ大学に行こう。また同じ学校で大学生活を楽しもう。だから……ねっ……。」



口から咄嗟に出た言葉だった。しかしそれは嘘ではなくその瞬間本当に心から思った事だった。目標があれば辛いことも耐えられる。遠くに居ても繋がっていられる。そんな思いだった。



でも裕華が泣き止んで笑顔になってくれたらと思って言った言葉は、火に油を注いでしまったようだった。裕華はさらに嗚咽を繰り返し続けた。



「ありがとう、ヒロちゃん……こんなに幸せなのに……泣いてごめんなさい。とってもうれしいよぉ、ヒロちゃん、大好き……。」



そんな裕華が愛しくなり、僕はすすり泣く裕香の唇を手繰り寄せた。きっとこれがここで最後になるかも知れない裕華とのキス、唇の感触を
記憶するかのように、時間など忘れてふたりはただ求め合っていた。






すっかり暮れた20時、裕華の自宅に着く。

まだ1週間あったが、忙しくなる裕華との二人きりのデートはこれが最後、あとは学校でクラスメイトとして普通の思い出を作るだけ…。だから帰りの挨拶も普段通りで別れた。




こんなに長く楽しい時間はもう過ごせない。


僕は帰りのバス停までの約5分の道のり、こらえ切れなくなった。涙を溢れさせながら歩き続けた。今までの楽しかった裕華との思い出を…
裕華の全てを心に描きながら…。


涙がただただ、流れるばかりだった……。



さよなら裕華…さよなら裕華…さよなら裕華…さよなら裕華…

さよなら裕華…さよなら裕華…さよなら裕華…さよなら裕華…

さよなら裕華…さよなら裕華…さよなら裕華…さよなら裕華…











さようなら………裕華……………。


























「ヒロちゃん・・・・・・ヒロちゃんったらぁ……。」
















僕は裕華に起こされた。

「ヒロちゃん、ちゃんと講義聞かなきゃダメよ。もうすぐお昼なんだから、シャキッとしなさい!」

「裕華…今日は僕がおごるから学食じゃなくて
戸倉のラーメン屋に行こう!あそこの白味噌ラーメン、最高なんだから!」


「えー、でもあそこのラーメン、結構ニンニクがキツくて…それに今日ギターサークルの練習日よ、2人して臭い息してたら、みんなに嫌われるわよー。」

「そうだなぁー、わかったよ、じゃー今日は裕華のおごりで学食の焼き魚定食ね!」

「仕方ないなぁー、ヒロちゃん一人暮らしだし
、今日も裕華様がご馳走するわよー!」

「おーい裕華、今日も!じゃないでしょ! 」

「いいじゃない、どーでも!ね、ね、今日サークル終わったら、ラッキーピエロ行ってから金森倉庫で買い物したーい。」


「いいねー、じゃ、今夜は……うちに来る?」


「……行こうかな……。」


「おっしゃあ〜〜!じゃ残り10分の講義、真面目に聞きます。」



僕は今、函館で裕華と一緒に楽しいキャンパス生活を過ごしている…。


      【My Love〜高校生編・完】










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