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観客を"その世界"に引き込んでしまうエネルギーに溢れた名作【映画『ボヘミアン・ラプソディ』】

洋楽を聴かない男に火をつけたQueen

今年43歳になる僕は、実はほんの10年前まで洋楽をまったく聴かない男だった。理由は「歌詞の意味が分からないから」、要は英語が分からないから。本にしても雑誌にしても歌にしても「読み解く」ことから始める癖があるからか、洋楽は真っ先に敬遠する存在だった。

そんな僕が洋楽を聴くキッカケをくれたのが、Queenだった。

取材で訪れたアメリカ・ラスベガスの外れにあるダウンタウンアーケード「フリーモントストリート・エクスぺリエンス」。カジノが立ち並ぶ450メートルもの大型商店街(今の大型ショッピングモールのようなストリート)の天井は、商店街と同じ距離の大型液晶モニターで覆われており、夜7時になると突然そのモニター全面で特別仕様のサウンドショーが始められる。このアーケード最大の見どころだ。

初めて訪れたダウンタウンアーケードでの夜7時、突然照明が落とされたかと思ったらQueenの「We will we will rock you」が、特別仕様の映像とともに大音量で流れ始めた。

これで、やられた。

影響を受けやすい僕はしばらくQueen漬けの日々を送ったが、有名な曲を聴くどまりでQueenやフレディ・マーキュリーのことを深掘りしようとはしなかった。

映画「ボヘミアン・ラプソディ」は、リードボーカル フレディ・マーキュリーを主人公にQueenの4人が紡いできた1970年代から1980年代にかけてのエピソードが描かれている。

この映画を見るまで、僕はフレディ・マーキュリーの出自がインドだったこと、ゲイだったこと、エイズで死んだこと、いや何より聴いていたくせに映画のタイトル「ボヘミアン・ラプソディ」の意味もわかっていなかった。

ファンにとっては「この野郎!」と言われる大切な大切なことばかりだが、それも新しい発見として見られたことが僕にとって何よりも嬉しい出来事だったし、同じくQueenを知らない世代の皆さんにも楽しんでいただけることの証と言えるだろう。

スクリーンに蘇ったフレディ・マーキュリー

何より、スクリーンから滲み出てくる"熱"が尋常ではない。

フレディ・マーキュリー自身の半生が一般のそれをはるかに凌ぐ過酷なものであるのはもちろんだが、何よりそのフレディ役をオファーされた主演のラミ・マレックの演技力には鬼気迫るものを感じる。

世界中から愛される人物を演じることのプレッシャーは相当なものだっただろう。大勢のファンが間違いなく鑑賞するこの作品で「偽物」「まるで似ていない」などと叩かれれば、彼の役者人生が終わってしまうかもしれない。自身も「オファーを受けてからフレディ・マーキュリーの偉大さを実感するようになった」とも語っている。37歳と僕より6つも若いラミ・マレックは、フレディ・マーキュリーが死んだ1991年にはまだ小学生だ。全盛期のQueenに触れる機会などあろうはずがない。

役作りに一年を費やし、フレディ・マーキュリーの動きや微細なクセ、人間性までも完全に再現できるよう、全力を投じたラミ・マレック。その結果……この作品において、ラミ・マレックはフレディ・マーキュリーを生き還らせた。

作品には、エネルギーに満ち溢れていた1970〜1980年代の情景にそのまま入り込んでしまうかのような"引き込む力"が確かに存在する。Queenやフレディ・マーキュリーについて詳しく知らずとも良い、そんなことが瑣末だと感じさせられるほどの吸引力が、だ。

悲哀、歓喜、情熱といったものがすべて綯い交ぜになった"熱さ"を感じさせる、満たされない想いをサウンドに乗せた哀しき天才の物語。

忘れかけている熱い想いを呼び起こしてくれる、2018年最高の名作がここにある。

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