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葬祭業への関心と葬儀業界

あまり知られていないお葬式の業界について経営学の視点からお伝えしています。

問題の背景

 筆者は葬儀社を自ら起業し経営してきた。
実家が祖父の代から代々続くファミリービジネスとして、地域に密着した葬儀業を営んでおり、身近に葬儀業を感じる環境で育ってきた。
成人して家業を手伝う中で、環境の変化や自社や同業他社の状況を鑑みると、今後の葬儀社は従前の経営手法では立ち行かなくなる恐れがあると考え、旧態然とした業界を外からではなく、内から変えて行きたいという想いから、起業した。葬儀業を研究対象にしている理由としては、こうした問題意識が背景にある。

葬儀業界の市場規模


 葬儀業界の市場規模は、2015年に発表された経済産業省の「特定サービス産業実態調査」では、取扱件数は120万1,341件、売上高は1兆9,697億円となっている。また、株式会社矢野経済研究所が2015年に発表した「葬祭ビジネス市場に関する調査結果」では、国内の葬祭ビジネス市場規模(事業者売上高ベース)は、2013年は1兆7,593億2,100万円となっている。
 葬儀業界の市場規模を、同調査で対象となっている他のサービス業と比較すると、新聞業2兆887億円、出版業1兆8,769億円、スポーツ施設提供業1兆8,655億円などと同程度の規模となっており、調査対象の28業種中7番目の市場規模となっていることからも、葬儀業界は巨大な市場といえる。
 
高齢化を背景として、一般に葬儀業は成長産業といわれている。これは、葬儀業の市場規模が死亡者数に大きく影響されるため、少子高齢化が進行するわが国において、年々死亡者数が増加していることから、葬儀業の市場規模も成長すると考えられている。内閣府の「高齢社会白書(平成29年版)」によると、2015年に129万人だった死亡者数は、2040年にピークとなり167万9千人になると推計され、現在より40万人近く増加する事になり、今後30%以上死亡者が増加する事になる。
 死亡者数の増加により、葬儀件数の増加が見込まれており、多死社会を迎えるとも言える状況下で、葬儀業の市場拡大が予想されている。

近年は葬儀1件あたりの単価が年々低下する傾向が顕著

 一方で、近年は葬儀1件あたりの単価が年々低下する傾向が顕著となっている。一般社団法人日本消費者協会の「葬儀についてのアンケート調査」では、2003年の150万4,000円に対し、2014年には122万2,000円となり、18.8%低下しているように、2003年以降「葬儀一式費用」は低下傾向にある。

 こうした葬儀単価の下落は、様々な要因によって、「家族葬」に代表されるシンプルかつ小規模な葬儀の需要が大きくなったことから生じた結果である。
 従来の葬儀は、地縁・血縁が強ければ強いほど、また、故人の社会的な立場が高ければ高いほど、その規模・費用が大きく高くなるのが一般的であった。しかし、社会環境の変化、生活者の葬儀に対する意識の変化、会葬者の減少を大きな要因として、葬儀の小規模化が進行している。
 会葬者減少の理由として、高齢化の進行により故人の関係者の多くが死別している、また、喪主世代が定年後に葬儀を執り行う事が多くなり、職場に関係する葬儀の案内が不要になる、地域社会との関係が希薄になる事で近隣居住者の弔問が無くなる事などが挙げられる。
 葬儀に関わる費用は、会葬者に対する費用、例えば、式場の大きさ、返礼品や料理の数などが影響するため、会葬者の減少は、すなわち葬儀規模の縮小を意味している。
 また、高齢化により、医療や介護の期間が長期化する事も多くなり、このための費用が必要となるなど、経済的な理由や、不況の影響もあり葬儀に対して多くの費用を掛ける事ができないという生活者の現状も、葬儀規模の小規模化に影響している。

葬送儀礼は日本人の習俗の中でも特別なもの

 葬送儀礼は日本人の習俗の中でも特別なものであった。
 従来、葬送儀礼は死者を葬る機能だけではなく、残されたものの関係性を整えるための機能をもち、社会的に非常に重要な役割を果たしてきた。
 また、日本人特有の、死を穢れとする忌避意識によって葬送儀礼の重要性は強まっていった。
 伝統的に日本人は、区切りや儀式・祭礼など行事を行う日をハレの日とし、それ以外をケの日とした。ハレの日は特別な日であり、特別な食事をとり、酒を飲み特別な着物を着て、行事を行い祭司や儀式を行い晴れ晴れしく過ごした。
 一方で、それ以外の日常はケの日とし、感謝の心を持ち粛々と暮らすことが重要と考えた。ケの日の日常に災いが生じることを気枯れ(けがれ)とし、神仏に祈ることによって気を引き締め(ケジメ)日常を過ごした。
葬儀は、ハレの日の特別な行事として取り扱われ、土着の習俗や神道や仏教の影響を受けて現在の葬送文化へと発展した。しかし、現代の日本人にとって、この死に対する忌避意識が無意識化していることで、様々な問題が起きていると言われている。科学や医学の発達や社会の進歩によって、死の医学的な原因や死にまつわる心理的な影響、また神の存在の有無など、従来では分からなかったことが解明されつつある現在、「死」の意味は大きく変わってきた。つまり、死に対する忌避意識が弱まり、死が特別ではなくなったといえる。
 これにより葬儀に対する生活者の意識も変化していった。従来であれ、葬儀に関わる事を話題にする事自体が「縁起が悪い」などとタブーとされる風潮があったが、アカデミー賞を受賞した映画「おくりびと」(滝田洋二郎監督、2008年)が国内外で大きな反響を呼ぶなど、葬儀が映画やテレビドラマのテーマとして取りあげられ、またテレビや雑誌などの特集として葬儀に関する情報が身近になり、生活者が葬儀に関する情報を得る機会が増加した。


葬儀社と顧客の間には情報の非対称性が存在

 葬儀業界にとって、これまで葬儀社と顧客の間には情報の非対称性が存在し、生活者は、本来求めるべき適切な情報が得られない状況にあった。
 この事は、生活者による葬儀の規模や費用の選択、またそのための葬儀社の選定にも大きく影響した。生活者が葬儀に関する適切な情報を得る事が出来ない場合は、それらの選択について地域コミュニティ内での口コミなどに依拠する所が大きかった。
 しかし現在では、前述の葬儀に関するタブー意識の変化や、インターネット等により情報の非対称性が解消されつつあり、葬儀も他の商品サービス同様に、購入時に複数のサービスを比較検討したり、故人や自分にふさわしい葬儀のスタイルを選んだりと、ひとつの消費として見直される傾向にある。
 こうした生活者の意識の変化も、家族や近親者のみで葬儀を取り行う「家族葬」に代表される、小規模な葬儀が主流になる事や、「直葬」といわれる儀式を行わず火葬のみを選択する生活者の増加など、更なる小規模化・簡素化が進む要因となっている。

葬儀業は、許認可や免許登録などを必要としない

 葬儀業は、許認可や免許登録などを必要としないため、葬儀業に関する統計は推計に留まるものが多く実態の把握が困難であるが、経済産業省の「平成27年特定サービス産業実態調査報告書」によると、全国の葬儀社の事業者数は9,609社、総就業者数は12万1,028人となっている。
 葬儀業界を構成する企業は、主に3つのプレイヤーに大別される。それぞれ「専門葬儀社」「冠婚葬祭互助会」「農業協同組合(JA)」であり、プレジデント社が発行する「PRESIDENT」(2011年6月13日号)の特集によると、それぞれのシェアは専門葬儀社が4割、冠婚葬祭互助会が4割、農業協同組合(JA)が1割、その他が1割とされている。
 この中で冠婚葬祭互助会系の企業は、70年代から80年代に急成長してきた。冠婚葬祭互助会のシステムは、毎月一定額の会費(前受金)を支払う事で、いざという時に最低限の出費で結婚式や葬儀のサービスを受ける事ができるというものである。
 契約者保護を目的とした割賦販売法の規制を受けるため、開業するためには経済産業省の許可が必要となっている。近年、冠婚葬祭互助会系企業は葬儀に特化しており、会員から預かった前受け金を原資に、全国に2,000か所以上の葬儀施設を展開している。
 また、大手の冠婚葬祭互助会企業が中小の企業を買収する事で規模を拡大し企業規模の大型化も進行している。
 また、農業協同組合(JA)系の企業は、地方や農村部で大きなシェアを占めており、遊休地などを葬儀施設に転用する事で、全国に850か所の葬儀施設を展開している。
 こうした状況の中で、専門葬儀社は、地域に根差した老舗企業も多く、葬儀の伝統的なスタイルを守るという意識が強い小規模零細企業が多い傾向にある。
 
葬儀業界全体としては、構成する企業の事業規模の二極化が進行している。公正取引委員会が2017年3月に発表した「葬儀の取引に関する実態調査報告書」によると、取扱件数が年間5,000件を超える大手企業の全体の75%が売上を伸ばしているのに対して、100件以下の中小企業では、22.1%となっており、約8割の企業が前年並みか減収になっている。
 また株式会社東京商工リサーチの企業データベースによると、年間売上10億円未満の企業が88.8%となっており、100億円以上の企業は1.2%に過ぎず、中小企業の伸び悩みと、大手の寡占化が進行している事がわかる。

異業種からの葬儀業への参入

 異業種からの葬儀業への参入の動きが活発になっている。公正取引委員会が2017年3月に発表した「葬儀の取引に関する実態調査報告書」によると、自社の商圏への「新規参入の有無」の問いに対して、72.6%の事業者が「あった」と回答している。
 これらの新規参入の中で急成長している企業には、専門葬儀社からののれん分けや独立をする場合も多く、葬儀施設の多店舗展開で営業拠点を拡大しシェアを獲得しているため、老舗葬儀社のシェアを圧迫している事も少なくない。
 さらに、インターネットを中心に葬儀ビジネスを展開する企業の参入、成長も目立っている。これらの企業は自社で葬儀の施行は行わず、インターネットでの利用者の集客に事業分野を集中し、提携する葬儀社に利用者を紹介する事で葬儀社から受け取る紹介手数料で利益を得ている。
 専門葬儀社の中には、葬儀の1件あたり単価の減少を取扱件数の増加で補いたいと考えるため、このような提携による葬儀施行の紹介を増やさざるを得ない状況もある。しかし、葬儀社にとっては、売上の20~30%を紹介手数料として支払うため、利益が減少することになる。

 これまで述べたように、葬儀業界は、死亡者数の増加を背景として葬儀件数は年々増加するものの、葬儀の小規模化・簡素化により葬儀1件あたりの単価が下落することで、市場規模は今後減少していくと考えられている。
 さらに、顧客との情報の非対称性の解消、また社会環境の変化により生活者の葬儀に対する意識の変化や、従来の顧客との接点が機能しないなどの問題が見込まれている。
 こうした状況の下、専門葬儀社の多くは中小零細規模の企業であり、こうした様々な環境変化の影響を受けやすい。こうした環境変化に、様々なマーケティング施策の導入が必要となるが、対応できていない企業も多く、今後淘汰が進んでいくのではないかと考えている、
 今後ますます生活者の意識の変化、環境の激変、競争の激化などが予想される中、どのように生き残りを進めていくかが喫緊の課題となる。

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