06戸塚

高くて低いイノベーションのハードル

世の中イノベーションブームである。イノベーションを起こせと叫ぶ声、イノベーションを起こせないと嘆く声がちまたにこだまする。しかしイノベーションの実現は本当に難しいのだろうか?本稿ではイノベーションの定義に立ち戻って考えてみる。

イノベーションとは

イノベーションの定義には諸説あるが、一般にはシュンペーターが著作「経済発展の理論」で唱えた定義が採用されることが多い。シュンペーターによるイノベーションの定義は以下の通りである。

イノベーションとは
経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新結合すること
イノベーションの5つの類型
・新しい財貨すなわち消費者の間でまだ知られていない財貨、あるいは新しい品質の財貨の生産
・新しい生産方法の導入
・新しい販路の開拓
・原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得
・新しい組織の実現

改めて読み返すとこの文章は「新しい試みが良い結果につながれば、それはもうイノベーションと認定していい」といっているようなものである。イノベーションのハードルは実は低い。

ではなぜイノベーションの実現が難しいのかというと、一般大衆の考えるイノベーションの定義がシュンペーターの定義と異なり、イノベーションに対する要求水準が高いからである。

法律「イノベーション=大きな社会変化」

平成23年に制定された「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」では、イノベーションについてシュンペーターと異なる定義が採用されている。

科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律 第2条第5項
この法律において「イノベーションの創出」とは、新商品の開発又は生産、新役務の開発又は提供、商品の新たな生産又は販売の方式の導入、役務の新たな提供の方式の導入、新たな経営管理方法の導入等を通じて新たな価値を生み出し、経済社会の大きな変化を創出することをいう。

この定義のポイントは、イノベーションに「新たな価値」「経済社会の大きな変化」という目に見える成果を求めている点である。読者諸兄も「大きな変化」といいうくだりには納得感があるのではなかろうか。大きな変化があってこそイノベーションという考え方は根強い。イノベーションの実現が難しいと言われるのは、経営者や株主が大きな変化を要求しすぎるのが原因ではないかとも思う。

文科省「イノベーション=価値創造」

日本ではイノベーションの定義が定着していないため様々な省庁が勝手にイノベーションを定義していたりする。たとえば文部科学省は科学技術振興を所管する省庁であるためイノベーションの定義に科学技術を含む。第3期科学技術基本計画(平成18年3月閣議決定)では

(イノベーションとは)科学的発見や技術的発明を洞察力と融合し発展させ、新たな社会的価値や経済的価値を生み出す革新

とオリジナルの定義をしていたが、おそらく誰かがツッコミをいれたのであろう、第4期基本計画(平成23年8月閣議決定)にて「科学技術イノベーション」という新語を発明し、

(科学技術イノベーションとは)科学的な発見や発明等による新たな知識を基にした知的・文化的価値の創造と、それらの知識を発展させて経済的、社会的・公共的価値の創造に結びつける革新

と改められた。文科省はイノベーションに「経済社会の大きな変化」を求めておらず、「知的・文化的価値」「社会的価値や経済的価値」だけを成果として求めている。新たな価値が創出されれば経済が活性化し社会も変化するはずだが、「大きな変化」として実感できるとは限らない。それでもイノベーションと認定してよいというのが文部科学省の定義である。

経産省「イノベーション=儲け」

経済産業省、正確には経済産業省の企画した「イノベーション100委員会」によるイノベーションの定義も経済産業省ならではの個性がある。

<「イノベーション」の定義>
研究開発活動にとどまらず、
1. 社会・顧客の課題解決につながる革新的な手法(技術・アイデア)で新たな価値(製品・サービス)を創造し
2. 社会・顧客への普及・浸透を通じて
3. ビジネス上の対価(キャッシュ)を獲得する一連の活動を「イノベーション」と呼ぶ

とされている。この定義もシュンペーターの定義と同様の「新しい試みが良い結果につながれば、それはもうイノベーションと認定していい」系の内容であるが「ビジネス上の対価を獲得する」までをイノベーションの定義に含んでいるところが経済振興を所管する経済産業省らしい。

ところでこの提言の面白いところは、寄稿した大企業経営者のほぼ全てが威勢の良いことを語っておきながら、採用されたイノベーションの定義は意外とハードルが低いことである。大企業経営者の本音はいったいどちらなのか。やらされる従業員の立場としてはハードルが低い方がありがたいのだが、経営方針として掲げる以上はわかりやすく説明してほしいものである。

イノベーションを起こせないと嘆くのは精神衛生上よろしくない。イノベーションを実現できないと不平を言うよりも、進んで「それはイノベーションだよ」と認定してあげましょう。

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