見出し画像

その人が言うから刺さること

すでに多くの人が同じようなことを言っているからいまさら自分が似たようなことを書いたって意味がない

この思考に自分はものすごく捕らわれている

自分よりもあの人のほうが正確で、緻密で、わかりやすいことを言ってるから自分が言わなくたっていいじゃないかって思うことは日常の中でとても多い。

なにかのスペシャリストではない自分が、ちょっとした経験をしたことで思い浮かんだことを書き綴ってみようと思い立って筆を執る。

うまく表現できないなぁなんて考えてインターネットで検索してみたらヒットするわするわ…

「なんや、もういろんな人が言ってるやんか」

ってなってそこでしゅん😶ってなって筆を置く。

今ここでこんな風に書いていることだって、ちょっと調べたら同じことを言ってる人はいっぱいいるんやろうなってもちろん思いながらカタカタカタカタ…


「いや、でも待てよ?」と、立ち止まる。

「同じようなことを自分が書いて何が悪いんやろうか・・・?」



大事なことだから二度言います

定番の決め台詞がぱっと頭に浮かんだ。

そこから思考がどんどん前へと進んでいく…


他の誰がそれを過去に言っていたとしても、自分がなにかの経験を踏まえて自分自身が気づいたことなんだとしたらそれはもう自分の言葉であって他の人の言葉ではない

自分にとってそれが大事なんだとしたら他の人がどうこうじゃなくてそのまま書けばいい

大事だと思ったことを自分が発信することで、他の人が同じように大事だと思って発信されたものの中の1つになることで、その「大事なこと」がより普遍的なこととなる

自分と向かい合う人に対して、自分がこう思うんだって自分の言葉で伝えた上で、他にも同じように思っている人がたくさんいるんやでって共有することでより強く伝わるかもしれない

自分は思いついて調べたからたくさんの人が同じようなことを考えてるんだってことに気づけたけれど、自分のまわりにいる人は自分が発信しなかったらそのことを考える機会に巡り合わないかもしれない

全く見知らぬだれかが言っていることよりも身近な自分が言っていることのほうが耳を傾けやすいし、信頼していれば素直に刺さることが多いかもしれない


こんなことが頭の中から溢れ出してきたけれど、結局同じようなことを書いている人は多くいるんだって思っている。


誰かに聞いた話から引用してるかもしれないし、書籍からかもしれない、自分が初めて生み出した言葉たちでは全然ないとおもうけど、何かを見ながら書いていないから少なくとも自分の中で定着している言葉たち。

それをおすそ分けしてみました。

おしまい。





noteご覧いただきありがとうございます! なにか少しでもお役に立てたことがあれば、少しでもサポートしていただけると大変励みになります!