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それぞれの水中花

 朝の散歩で通りかかるお宅の前にメダカが飼われているプラスチック製の水槽がある。冬はメダカたちも藻の陰で“冬籠り”をしているのか姿を見せない。春の陽射しとともにあらわれて、いまでは素早い泳ぎを見せてくれる。

 ひと月ほど前だろか、この水槽にスイレンの赤い花が咲いた。冬の殺伐とした風景に慣れた目にはまぶしいほどだった。

 花は昼ごろでないと開かないと知った。そして、いつのまにか枯れていた。しかし、季節は暦の上ではすでに夏である。次に咲く花が水中に見える。

つぼみは水中にあって「水中花」のようだ

 ふと、子供のころにあった「水中花」を思い出す。文字どおり、水の中で花が咲いていた。ググってみたら、あれらは和紙で作られ、起源は江戸時代にさかのぼるのという。

 松坂慶子さんがうたってヒットした『愛の水中花』を思い出す。五木寛之さんの小説『水中花』がテレビドラマ化され、その主題歌だという。

 松坂さんの絶頂期だったろう。当時の写真でも、彼女の美しさがわかる。主題歌『愛の水中花』は五木さんの作詞だそうだ。ぼくが人生のどん底にあって四苦八苦していたころだった。それでも、歌の出だしの「これも愛 あれも愛 たぶん愛 きっと愛」はよく覚えている。曲の旋律も忘れてはいない。

 五木さんも小説家としての絶頂だったころである。小説を読んではいないが、『水中花』というタイトルに、「さすが流行作家!」と思わざるをえない。昭和を懸命に生きた者にとっての水中花は、きっと思いはさまざまであろう。

 まして、戦中戦後を必死に生きた五木さんである。五木さんにとっての水中花はどんな花だったのだろう。もしかしたら、小説からそれを感じ取れるかもしれない。330円で電子書籍にもなっていたのでさっそく買った。

 今晩、寝る前に読む本は決まったが、メダカの水槽にあったスイレンの花が開いた姿をまた見ることはできるだろうか。妙に気になってならない。

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