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南アメリカ地域の原生植物を生活に取り込める園芸品種に改良する育種に挑戦


 こんにちは~。
 夏の暑さを引きずって秋に入っても暑い日が続きましたが、やっと秋を感じられるようになってきたなと感じますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。夏に集中豪雨にあった地域もあるのに、西日本の各地では水不足が心配されていると聞いて心配しています。
 今回は、福岡県に住む小林泰生さんの体験です。育種家は、だれもがこれまでにない特徴ある品種を作り出すというリスクのある作業に挑戦しているのですが、小林さんはどの育種家も経験していない先の見えない育種に挑戦されてきました。
 小林さんは、地球の裏側に位置する南アメリカに生えている人の手に触れられていない原生植物の品種開発に取り組まれたのです。実態が全く分からず、育種した経験者もいないものを改良する、誰もがやっていないからこそ、自分が取り組もうと決意した小林さんは、困難な道を切り開いて、今では開発したテコマとカッシアの新品種を我が国だけでなく、アメリカでも登録を取って販売するまでになりました。
 小林さんがどのような思いで、南半球に位置する南アメリカの原生植物の育種を始め、知られていない植物を育種する困難をどのように乗り越えてこられたのか、それでは、小林さんの語られた体験をお読みください。
 

話し手  小林泰生さん                     

❒恩師から南アメリカ地域の原生植物のことを聞く

 福岡県農業総合試験場を2007年に退職し、南アメリカ地域の原生植物▾の育種をしている小林泰生です。私は、大学を卒業後に福岡県職員となった2年後に園芸試験場勤務となって、育種の道に入りました。試験場で取り組んだのは、主に切り花用カーネーションの育種でした。
 
 私の学生時代の恩師である有隅教授(現鹿児島大学名誉教授)は、JICA(国際協力機構)の関係でアルゼンチンに6年間滞在していたんです。その間に、地域の原生植物のジャカランダやイペー、テコマ等の育種に関わったんですね。その様子や状況を教授から聞いて、私が取り組んでいる育種に対していろいろアドバイスや助言をもらったことが、南アメリカ地域の原生植物の育種をするようになったきっかけです。

 教授に聞いて分かったのは、南半球に原生する植物は北半球と違って、温度や光(日長、日照量等)に対する生育反応等が異なるものが多いんですよ。
 

❒南アメリカの原生植物の品種開発を始める

 「園芸」とは植物を育て、趣味として楽しむことですよね。南アメリカのアルゼンチン等の国には、そもそも花などを生活の中に取り込んで鑑賞し、園芸▾を楽しもうとする慣習がないので、新品種を育成・開発しようとすることがほとんど行われていないんです。

 公園樹や街路樹等として使用する林木(高木)では、国が育種をしているようですが、日本のような園芸鉢物(30~40cm)、苗木(50~60cm)などの育種は、ほとんどされていないんですね。ですから、生活の中で育てやすい園芸品種となっているものが少ないわけです。
 
 市場流通した馴染みのある品種がほとんどなかったんで、それなら私が育種すれば、これまでになかった南アメリカ地域の原生植物の品種を作り出すことができるのではないかと思って品種開発を始めたんですよ。
 

❒南アメリカ渡航経験者等から現地植物に関する情報を収集

 現在育種している南アメリカ地域の植物は、ジャカランダ、イペー、テコマ、カッシア、宿根ササゲなどです。他には、キンモウツツジ、クチナシ、アジサイ、センリョウ、ヤエヤマノイバラ等にも取り組んでいます。
 
 私は、福岡県の試験場時代に育種に取り組んだ植物は切り花用カーネーションのみなので、これらの植物は全く経験がないものばかりでした。しかも、園芸学の書物や百科事典にこれらの南アメリカ地域の原生植物の情報はわずかしかなく、これまでの育種に関する資料や書物は全く参考にならなかったんです。
 
 それで、最後の手段として、南アメリカに行ったことのある研究者(大学、国の試験研究機関等)や会社関係で現地赴任を経験した技術者、JICAの技術者などからジャカランダ、イペーなどの生育・開花の様相、現地での生育状況等に関する情報を得て、新品種開発に活かしてきたんですよ。まさに暗中模索の中からのスタートでしたね。

ジャガランタ

 
❒生活に取り組むため、強耐寒性、四季咲き性等の育種目標を設定

 私達が日頃鑑賞している園芸品種は、元の原生植物から長い期間をかけて品種改良により作り出したものですから、私が行う育種も、園芸品種として生活に取り込めるものに改良する作業となりました。それは、南半球の南アメリカ地域に原生する植物を園芸品種に生まれ変わらせる取組みです。
 
 主な育種目標には、①植えられてから期間が短い稚樹で開花する特性(播種して7~10年以上にならないと開花しない特性が強い)を持つ、②北半球でも作れるような強い耐寒性を持つ、③四季咲き性▾(多くは1季咲きで短日開花性▾を示す)への転換、④花が大きく多数着生して鑑賞期間が長く、花容特性が優れることなどに変換させることを掲げました。
 

 ❒現地植物の種間交雑等を行い、育種技術等のノウハウをを蓄える

 その育種は、ほとんどの人がどんなものか知らず、手がけたことのない植物でしたので、手探り状態でのスタートでした。その中で、ベネズエラ原生のマメ科の宿根植物▾に「クライミングエスカルゴ」というつぼみや花がカタツムリのような形の花があるんですけどね。 

クライミングエスカルゴ


 そのクライミングエスカルゴの種間交雑▾を行った結果、交配親(母本)の選定、開花期をそろえる(開花期の同調)こと、受粉のやり方(交配時期等)等に関するある程度のノウハウを得られたんです。
 
 その後、ジャカランダ、イペー、テコマ、カッシアなどについても、どのような性状・特徴があるのか、交配のやり方や種子の登熟はどうようになるのか、播種方法や苗の養成はどうしたらよいのか、また水やりや施肥はどうしたらよいか、一通りの栽培マニュアルを作成しながら、育種技術と苗の養成方法を蓄えていったんですよ。
 
 それらの知識や技術等を蓄え始めたのは、育種を始めた1974年頃ですが、育種の成果は2年後の1975年から出始めました。でも、新品種を開発するまでには、8年~10年はかかると思いますね。
 

❒親株の収集

 育種の素材となる交配母本(親株)は、沖縄、鹿児島、宮崎、熊本、福岡などの西南暖地で植栽されている「地域選抜系統」の中から、有望なものを選んで使用しました。南アメリカに行って調査することはしませんでしたが、JICAの関係者や大学、公立の試験研究者、海外移民の親族などからも収集しました。
 
 南半球の南アメリカ地域の植物の育種の試みはほとんど行われていませんでした。そのため、雑種第3~4代まで交雑を繰り返すと、変異株の出現が格段に増えてきます。それに対して、しっかりした育種目標を掲げ、ぶれない目線で後代実生の選抜・淘汰を行うことが育種の楽しみでもあります。
  

❒生育段階別に観察してメモし、植物から学んで育種に活かす

 普通、植物の体は根・茎・葉等の栄養器官と、花・果実・種子などの生殖器官とで成り立っています。私は効率的に育種を進めるため、対象植物を生育段階別に観察して記録する「育種メモ」を残すようにしているんです。この「育種メモ」を積み重ねることで、目的とする形質を持った個体を選抜するようにしているんですよ。
 
 育種は、あくまで個々の個体が、互いにどう違うかを峻別する作業なので、「答えは植物に書いてある」、「植物が教えてくれる」ことをモットーとして、日々選抜、淘汰を繰り返しながら育種に取り組んできたんです。 
  

❒対象植物の知識不足から、予期していない苦労も味わう

 育成途中では南アメリカ地域のこれらの植物について知らなかったので、予想しなかった苦労などがたくさんありましたね。高温性の植物が多かったので、気温の低い早春や秋~冬にかけての播種したものでは満足な幼苗を得らなかったこと、大きくなった苗や株の栽培を遮光下で行ったら、日照不足で稚樹開花しなかったこと、日本では梅雨や夏の高温期の肥料は控えるんですが、南アメリカ地域の植物は初夏~秋は旺盛に生育するので、肥料を適正に与える必要があったことなど、予期していなかったこともわかったんですよ。
  

❒アメリカでテコマ3品種、我が国でテコマ2品種、カッシア1品種が登録を受ける

 これらの取組みを重ねた結果、マメ科のつる性で夏のスイトピーと呼ばれる宿根ササゲの「サンシェードブルー」と、テコマ野生種の黄色系とオレンジ赤色系との種間・系統間交雑▾で育成した「サンホルティキイ」、「サンホルティアカ」、「サンホルティダイ」の3品種を育成し、アメリカに申請して品種登録を受けることができました。
 
更に、草丈30cm程度のコンパクトサイズで四季咲きするテコマの「ホルコレッド」、「ホルテコイエロー」の2品種及びカッシア類の三元交雑▾で育成した直立性の樹形で四季咲き性があり小鉢から大鉢まで応用できる「インカの輝き」を品種登録することができました。
 

テコマ   ホルテコレッド


テコマ   ホルテコイエロー


カッシア   インカの輝き

 ❒最初の花が鑑賞できるまでの期間(稚樹開花性)の短縮化を達成

 交配から、花が咲いて鑑賞できるまでになる期間は、稚樹開花性▾をどのように達成するかという育種目標を設定していましたが、対象植物によっても異なるものの、概ね1.5~2年の苗、株で最初の花が咲き、その後毎年出蕾・開花するもののみを選抜しました。
 
そうした結果、ジャカランダでは実生で1~2年、イペーでは実生で0.5~1.2か月、テコマでは実生で6~8か月、挿し木で1年、カッシアでは挿し木で3~6か月の期間となり、育種によってかなり短縮することができたんですよ。
  

❒植物に交配という制約を加えれば、どうすべきかは植物が教えてくれる

 これまの育種をしてきた中で、育種は交配(交雑)しなければ始まらないので、育種法などの理論を学ぶより交配(交雑)をまずやることが必要で、そうすれば植物の方で形質が変化する兆候を我々に示してくれる、植物が育成者に答えを教えてくれることを学べたと思っています。
 
 大抵の人は、育種は、遺伝に関する全般的な知識を持っている人がやっていることだと思ってるんですね。でも、それらを知らなくても育種はできますし、それらの知識を十分に知らなくても育種をしている人はいるんですよ。知識を持っているに越したことはないですけどね。
 
 植物は、自ら自然の営みのなかで「種」としての維持、繁栄を図ってきているんです。育種は、その植物の営みに若干の「制約」を加えることなんですよ。育種では、特定の株を母本(親株)に選び、これはという花粉をつけます。これは、植物にとっては1つの制約になるんですよ。本来なら植物自体が自然条件で、自由に受粉▾を行って子孫を残しているのに、人間が介在しているんですからね。交配に人間(育種家)が介在する・・このちょっとした「制約」で、もう育種は始まっているんですね。
 
 そして「子は親に似る」、「親の形質は子に伝わる」という当たり前のことさえ踏まえておけば、新たな特性を持つ新品種ができるという結果は自然に出てくるものなんです。私は、それをこれまでの育種から学ぶことができました。
 

❒テコマ3品種はアメリカ、カッシア「インカの輝き」はわが国で販売が進む

 これまでに私が育成した品種は、市場で園芸・観葉植物を販売する地元の九州日観植物株式会社の組合員である生産者に委託し、福岡県内や西日本地域に販売をしています。日本ではなじみのない品種なので、栽培場所、摘芯・剪定方法、夏秋~冬春の管理方法等の管理方法をラベル等に書いて販売しています。
 
更なる普及や販売を促進を図るため、各地にある花き市場や開催されるトレードウェアなどへの出展、展示を行っています。
 
 テコマでは、花色がそれぞれ黄色、赤色、橙色の3品種をアメリカで販売し、2017年~2022年までの6年間で約20万本を売ることができ、カッシアの登録品種「インカの輝き」は2015年~2022年の8年間にわが国で約2万本を販売することができました。
  

❒ホルティック株式会社を解散し、一人で更なる育種に励む

 私は、退職後に設立したホリティック株式会社で育種を行ってきましたが、育成した品種の生産・ 販売が軌道に乗ったことから、2012年12月に解散しました。
 
 私自身はその後も品種開発に力をそそいでいますよ。現在は、夏秋咲きとなるキンモウツツジ、秋咲きのアジサイ、早咲きの八重クチナシ、矮性多分枝の赤実のセンリョウ、四季咲きのヤエヤマノイバラなどの育種に取り組んでいます。
 

❒品種開発は楽しい、多くの若者が育種に挑戦を

 育種は面白いですね。対象植物の中から、これまでになかった花容特性、環境耐性(耐暑、耐寒性)、耐病性等の特性を持つ実生・苗が出現したときには、育種の醍醐味を痛感することができるんですよ。
 
 でも、育種は5年、10年単位、あるいは植物によってはそれ以上の年数のかかる息の長い仕事です。我々人間と無関係な独自の生を営む植物を相手に、限られた期間内にそれなりの成果をあげるにはどうしたらよいのか、誰もが悩むところです。
 
 しかし、新しいものを創り出す研究開発は重要で、どんな企業でもごく当たり前に行っています。しかし、農業分野では新品種育成・開発に取り組んでいる人が、全国の大学や試験研究機関などでも大変に少なくなっているので、多くの若い人達が夢のある新品種開発に挑んで欲しいと願っています。
 
 私自身も、今後もこれまでに見たことのないような新しい品種を生み出していけるよう、精一杯励んでまいります。
 
 
           用語(▾印)解説
原生植物: もとのまま、人の手が加わらない自然のままの植物

園芸:園に植物を植えること。野菜、果樹、庭木、花き等の栽培又は栽培す
   るための技術

四季咲き性: 生育に必要な環境であれば、1年中花芽をつけて花を咲か
   せられる性質をもつ植物。年間に何回も繰り返して花を咲かすことが
   できる

短日開花性: 日照時間が短いときに花をつける性質。夜の暗い時間が一定よ
   り長くなる条件で、花芽の形成が促進される

宿根植物: 多年生植物の中で、寒さが厳しい冬場や乾燥する時期に根以外
   の地上部の葉、茎、花が枯れる植物。生育に適した時期が来ると再び
   発芽して咲く植物

種間交雑: 異なる種の個体間で交配が行われ、子孫が生じること

稚樹開花性: 実生から成長したばかりの若い樹木に花芽がついて開花する
   性質

系統間交雑: 同じ品種あるいは系統(まだ品種名がついていないもの)どう
   しの交配

三元交雑: 3品種あるいは3系統を用いた交雑方法。2品種を交配し、そこ
   から生じた雑種第1代(F1)を更に別の品種あるいは系統を交配する

受粉: めしべの先端(柱頭)に花粉が付着すること

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