IPO(4):ブックビルディング方式下①

ひろです。
さてここまで日本におけるIPOの初期収益に関する事実の確認として、①入札方式下でも高い初期収益率が発生していること、②BB方式に実質的に移行してから異常に高い初期収益率が追加的に発生していること、という2つの謎の存在、並びに、IPOにおける理論的な整理、そして、入札方式下における「過小値付」の分析について、書籍に依拠して整理してきました。

今回は、とうとう(?)、実質的な現行方式であるブックビルディング(BB)方式における分析、ということにになります。
(今回も一時有料化しますが、どこかのタイミングかで無料化予定です。)

(追記)無料化しました。

様々な比較結果からの示唆

さて、筆者はBB方式について、様々な比較を行い、改めて、日本のBB方式における高い初期収益率を確認しています。

<米国との比較>

1997年~2017年までの日米比較(共にBB方式)からは以下のことがわかりました。

1. 米国では、特にITバブル期(1999~2000年)を除くため2001年~と限定すれば、初期収益率の、件数で除した算術平均と、発行総額に基づく加重平均とでは13%~14%前後で大差はない。
2. 一方、日本では2001年~と限定したとしても、算術平均が加重平均を大幅に上回る(74.8% vs 18.6%)傾向が観察された(むしろ、1997年~の全期間よりもその傾向は顕著に)。

「加重平均では超過収益率が相当に低くなる一方で算術平均では顕著に高くなる」ということは、「発行総額が小さいIPOであるほどに初期収益率が高い」ということに他ならず、日本においてはその傾向が米国に比べて極めて顕著である、ということになります。

<入札方式との比較>

ここは序論で言及した、初期収益率がBB方式>入札方式であるという点を統計的に示したものなので、本記事では捨象しますね。興味があれば書籍を購入して下さい。
書籍では一定の前提で発行企業の「機会損失額」(本来的に発行できたであろう金額と実際との差額)も算出し、比較しています。

<発行規模別の比較>

さて、上記の「入札方式 vs BB方式」の分析に、更に発行規模別の分析もここで加わりました。そこでは以下のことが明らかにされました(なお、細かな定義は書籍を参照)。

1. 入札方式下では発行規模間で初期収益率に大差はない(平均で11%前後程度)。初期収益率が負(発行企業側がある意味得をした)の事例の割合は大規模になっていくと5%程度が12%程度とやや上昇する傾向はあるが、発行総額100億円以上に限定しても15.2%と、そこまで高い水準でもない。
2. 一方、BB方式下では発行規模による違いが顕著となった。平均初期収益率は小規模では90.1%だが大規模では35.9%であり、発行総額100億円以上に限定すると18.7%にまで低下(中央値は4.8%vs入札方式11.1%であり、BB方式だからといって全ての規模で高いわけでもない)。初期収益率が負となるのは大規模になっていくと10.4%→31.1%となり、100億円以上に限定すると37.6%となる。

このように、米国比較でも示唆された、算術平均>加重平均となる初期収益率の要因が「発行総額が小さいIPOであるほどに初期収益率が高い」という現象にあることが、ここでは明確に確認されました。

何故、高い初期収益率に対して市場メカニズムが機能しないのか

ここまで来ると当然の疑問となる掲題の問いについて、筆者は「仮条件」に着目し考察を深めています。これはIPOのプロセスの中で、プレマーケティング後に主幹事証券会社が決定するものですね。詳細は序論を参照して下さい。

<原因は「仮条件範囲内で決定する」慣習か>

実は、日本では「仮条件の範囲内で公開価格を決定する」という慣習が定着しています。具体的には2001~2017年のIPO中、89.1%で仮条件の上限で公開価格が決定されています(残りは5.7%で中間、5.2%で下限)。
対照的に、米国では投資家需要の強弱に応じで仮条件の上限/下限を超える水準(上にも下にも)で公開価格を決定する慣習が定着しています。具体的には、同期間のIPO中、21%は上限を上回る水準、44%は仮条件範囲内、35%は下限を下回る水準、と、極めて柔軟に価格が決定されています。
(ちなみに米国データ最新版はこちら資料のTable 7ですね。)

ここで米国では、公開価格が仮条件の下限を下回るような(不人気な)IPOでは平均初期収益率が3%と低く、上回るようなIPOなら37%と高くなっていますが、仮条件範囲内であれば11%で全体は13.9%と、ボリュームゾーンである仮条件範囲内のIPOが概ね全体の平均とわかります。
他方、日本では仮条件上限で9割が決定されており、その平均初期収益率は83.5%(中央値46.4%)である一方、下限で決定された場合は0.7%、中間だと6.8%となり、全体の平均初期収益率を高めているのは、仮上限上限で決定されたIPOであるとわかります。

これだけ見ると、仮条件範囲内で決定する(柔軟に限界突破しない)が故に公開価格が過小に値付けされている、という結論にもなりそうです。
しかし筆者はそこで「フランスでも同様の慣習があるものの、平均初期収益率が13.1%(※期間については注意を要するが)」という事実から、真の問題は「仮条件に拘束力があるかどうか」ではなく「仮条件が適切な価格帯に設定されているかどうか」であるとします。

<仮条件はどう設定されているのか>

日本には「想定発行価格を開示した上でのプレマーケティング」の慣習があるものの、米国には開示はないそうです。そこで、「想定発行価格」を開示するが故にアンカリング効果が働き機関投資家の意見形成に影響が出ている、という可能性が出てきます。

しかし、
①仮条件中間値は想定発行価格とほぼ同一であり、主幹事が実は機関投資家の意見をまるで聞かずに決めているor主幹事と機関投資家の意見は事実上同じ、と言えること。
②中間値に対する仮条件のレンジ幅(率)は1997~2003年は10%~20%や20%~が9割以上を占めていたが、2004~2010年には~10%と10%~20%で9割弱となり、2011~2017年で~10%が7割弱(更には2015~2017年だと~10%が3/4を占める、中にはレンジが2%と極小事例もある)と変遷してきており、事実上ピンポイントで公開価格を決定しようとしている傾向が強まっていること(需要状況に応じて最適価格を探る姿勢から離れている)。
ということから、機関投資家よりも主幹事が仮条件決定に影響している公算が高いことが指摘されています。
すると、高い初期収益率が観察されるのは、「主幹事が低く仮条件を設定するから」という可能性も出てきます。

<値付けは的確なのか>

とは言っても、入札方式で見たように一定のディスカウント(過小値付け)が正当化される余地も、ないわけではありません。主幹事があえて低く設定していたとしても、適切な値付けであれば問題にはなりません。
筆者は再び入札方式とBB方式を比較して、比較感の中で、どちらがより適切な値付けに成功しているかを分析しています。

結論としては、
①公開価格の設定についてはBB方式の方が強くディスカウントされている(≒値付け的確性が低い)こと、
②BB方式の方が「初値天井」の度合いが強い(その後の下落がより大きい)こと、
が示唆されました。
つまり、「公開価格はより低いが、初値はより高い」という興味深いボラティリティの高さが観察された、ということになります。

高い初期収益率の背景事情としての「公開価格が低すぎる」か「初値が高すぎる」(あるいはその両方)という点について、前者①は「公開価格が低すぎる」ことを示唆しますし、後者②は「初値が高すぎる」可能性を示唆する内容です。すると「両方」という選択肢も視野に入ってきますね。
「初値が高すぎる」可能性についても筆者は追って言及しています。


…さて、さすがに長すぎるので、本記事はいったんここで終わりとして、次回に回しますね。

ではではまた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?