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夾竹桃(きょうちくとう)(小説)

土曜日の朝、
幸(さち)はそっと寝室を抜け出すと、
部屋着のまま外に出た。

昨夜からの雨が
ようやく小降りになり、

玄関先の六月の草花を
つややかに際立たせている。

晴れた日とはまた違い、
しめやかな空気を胸いっぱいに
吸い込んだ幸は、

ゆっくりと足を踏み出した。


休日の朝はひっそりと静まり返り、
この世に誰一人いないような気がしてくる。   

一階の部屋から、
アパートの門扉までの
数十メートルの間に、

管理人が季節の花を植えている。

 
今、美しく咲き乱れている
あじさいには、目もくれず、

幸はまるで夢を見ているかのような
様子で先に進んだ。

門の石垣近く、
あまり人目に止まらないような場所に、

その木は雑然と生息していた。

小雨の中、
ただでさえ憎々しいピンクの花が、

今朝は更に禍々しく光っている。


幸はその色に目を細めた。
子供の頃に聞いた、
ある話を思い出した。

伶二はまだ、
幸の寝室でぐっすり眠っていた。

幸が伶二と出会ったのは、
半年前だった。


彼は幸が習い始めた水泳の
インストラクターだった。


OLの幸は日頃の運動不足から、
突然体を動かすことの
必要性にめざめたのだ。 


そして、そんな時に
若々しい伶二の肉体を
目の当たりにしてしまったのである。

黙々と自分のペースでできる水泳は、
幸の性に合っていた。


最初、我流でしか泳げなかったが、
いつの間にか綺麗なフォームが
身につき、脂肪のつき始めていた体も
すっきりとした筋肉に変わってきた。

学生の時も、今の仕事も、
頭だけで勝負してきた
幸にとって、
肉体が突然大きな意味を持ち始めた。

水泳のインストラクターたちは、

無駄のないがっちりとした筋肉に
覆われていたけれど、

幸にとって伶二の肉体は
特別に思われた。


身長は幸と変わらない
小柄な伶二がクロールで
泳いでいるのを見た時の感動を、
今でも忘れられない。


左、右、左、右、息継ぎ、の
1セットで、伶二の体が、

もうすでにプールの半分くらいまで
進んでいる。

その太く逞しい二の腕から
繰り出されるクロールの力強さと
フォームの美しさには溜息が出た。

小柄で童顔の伶二はどう見ても、
体育大学を出たばかり、

二十二、三にしか見えなかった。


幸が敢えて聞かなかったのは、

そんな子供に夢中になっているのを
自分で認めたくなかった上、

人気稼業のインストラクターに
本気になりたくなかったからだ。


幸は週に何回か運動ができて、

そして伶二の鮮やかな泳ぎっぷりを
遠目から見ているだけで
十分だった。


年下のインストラクターに
それ以上は求めたくはなかった。

それにしても、
と幸は思う。


伶二の肉体は手に入れてからでも
強く心を奪うものだった。


見ているだけでわかるが、
触ると更に驚かされる、
しなやかな肌質。

すべすべで、適度に地黒なその肌は、
本人も破顔で認めるところ、

照り焼きチキンを思わせ、
実に食欲をそそる。


背中や胸や腹も、
美しい筋肉がはりのある肌に覆われていた。

尻も太ももも、
頑丈な筋肉に守られている。

そして伶二の腕。

幸はうっとりと、
その腕に何度ほおを寄せたことだろう。

血管がくっきり浮き上がった腕や手は、

伶二の体脂肪の低さを表していた。


そしてどこよりも一番筋肉が発達した肩、
二の腕。


小柄な伶二の体を極端過ぎない
逆三角形にしている、

泳ぐためについたこの筋肉を、
幸は一番美しいと思った。

肉で一番おいしいのは
よく動かすところだというが、

伶二の二の腕はさぞかし
美味しいだろうと思うと、

伶二に対して
時々食欲と性欲の境がわからなくなった。

幸はまた、伶二の
捨てられた仔犬のような表情に
すっかり情が移ってしまった。


伶二の幼い丸顔は、
彼の筋肉で以ってしても幼児的で、

一重瞼の寂しそうな目が、
哀れな仔犬のようだった。


しかし商売柄、
笑顔はとびきり愛嬌があって、
そんな伶二の様子を見ると、
誰もが胸に温かいものを
感じてしまうのだ。

幸と伶二が付き合っていることを
知る人は誰もいなかった。

水泳の仲間というほどの
知り合いはいなかったし、

伶二もインストラクター仲間には
何も言っていないようだった。  

その方がいい、
と幸は思った。


これは二人の問題であって、
誰の助けも邪魔も必要ないのだ。

二人はあくまで二人の世界に
生きており、

幸は伶二の話すこと以外に
彼の事情を殆んど知らなかった。

十歳近く年下の男の子との
付き合いはそれでいいと幸は思っていた。

それが一ヶ月ほど前、
ひょんなことから伶二の年令が
判明したことで、
幸の中で不思議な感情が芽生え出す。


きっかけは水泳の
マスターズカップの結果発表だった。


伶二はこの大会で、
毎年そこそこの成績を残しているのだが、

幸は100メートル男子クロールの欄に、
伶二の名前を見つけた。


榎本伶二、第三位、55・53秒、
年令区分二五才。


幸は思わず息を飲んだ。


ということは、
二十五才以上、二十九才以下である。

ほんの二十才ちょっとだと
思っていた伶二は、
実は二十六だったのである。

「いくつだと思ってた?」

伶二は屈託のない笑顔でそう言った。


幸が正直に答えると楽しそうに笑う。

「すいぶん子供だと
思われてたんだなぁ」

それでもちょっと年下だったが、
全く相手にならない子供と
いうわけではない。

幸の中で伶二という存在が
全く的外れな対象というわけでは
なくなった瞬間だった。

OL生活も、
八年目を迎える。

幸は正直もう限界を感じていた。

これ以上ここで得るものは
何もないだろう。


それに今、幸にとって、
頭しか使わない職場の男たちの体が
腐った肉のように見えた。


過剰な喫煙やコーヒーのガバ飲みで
いかれた内臓から吐き出される息の
病的な悪臭や、
自制のきかない飲酒でビール樽のように
膨らんだ腹を見るとゾッとする。

その度、幸は心に思う。


伶二は違うのだ。


伶二はパソコンなど使えない
かもしれないし、

計算高い営業トークは
できないけれど、

その肉体は清らかな湧き水のように
澄んでいる。


そしていくら頭が切れても
病んだ肉体から作られる
子供はやはり不憫だと思った。

幸は思わず胸に手を当てる。


自分が欲しいのは
健康な肉体を持つ若者の子供なのだ。

自分がそう若くない分、
余計にそう思うのかもしれない。

幸は深く息を吸い込んだ。

伶二の子供、、、
今はそんなことを真剣に
考えるべきではない。

二人の関係をしっかり把握しとかなければ、
と思った。

そして今、幸は目の前の
夾竹桃を見つめている。

第二次大戦で広島
原爆が落ちて全てが廃墟と化した中、

最初に息を吹き返し、
花をつけたのが、
この夾竹桃だったという。


傷つき生きる望みを失った人々に
勇気を与えてくれたのも

この生き生きとした
ピンク色の花だったそうだ。

幸は子供の頃にこの話を聞いて
背筋が寒くなったのを覚えている。


夾竹桃の濃すぎる緑の葉も、
生々しいピンクの花も、

広島の廃墟にはあまりにも
ふさわしくなかったし、


その不自然さが、
この植物が逆に人々の死や苦しみ、
血肉さえも栄養にして更なる生気を
帯びているかのような気がしたのだ。


以来、幸にとって
夾竹桃という植物はどこか禍々しく、

不吉なにおいのする植物だった。

そしてある事件を知った時、
幸の勘がまるで見当違いでは
なかったとわかった。

夾竹桃は幸が思っていた以上に
恐ろしい植物だったのである。

伶二が幸のベッドで眠っている。


土曜日の午前七時。


伶二の見る夢が自分の夢では
ありえないことを知って、

まだそれほど経ってはいないが、
しかし、もう十分だ、
と幸は思った。

永遠にも値するくらいの時間が
経ったように思えるが、

あれはまだほんの昨夜の出来事だった。

仕事の後、
幸はいつもの週末のようにプールに行き、

プロを目指す生徒を特訓している伶二の横で、
別のクラスに入っていた。


自身も泳ぐかたわら、
時々伶二の泳ぎを見つめる。


が、仕事中、伶二は
いっさいよそ見をせず、
すごい気迫でクロールを教えていた。


そんな伶二がまた、
幸にとってはとても頼もしく見えた。

その日も時々するように、
伶二の仕事が終わる時間に、
外で待ち合わせていた。


少し時間があったので、
次月の水泳プログラムを
手にしていた幸は、
そこで思わぬことに気がつく。


来月からどこを探しても
伶二のクラスがないのだ。

店舗の多いスポーツクラブには
転勤はつきものだったが、

そんな話はまったく聞いていない。


やきもきする幸は短時間のうちに、
様々なことに思いを巡らせた。


そして付き合いながらも
お互いのことを殆んど知らない
自分たちの関係に始めて
愕然としたのだった。    

どうして今まで何も知らなくて
いいだなんて思っていたのだろう。

もし、伶二が今、
自分の前からふっと姿を消してしまったら、

自分に何が残るというのだろう。

伶二の身の上に何かが
起こりつつあることを知り、

そして今の自分には伶二しか
いないことを痛感した。

その晩、
伶二がやってくるまでの数十分間、
幸の中で様々な思いが駆けめぐった。


伶二と付き合ってきたこの半年を、
いっぺんに駆け抜けたような感覚だった。

そして伶二の言葉を聞いた時、
世界が百八十度回転した。


伶二はこともなげに言った。

「今月で、ここ辞めるんだ」

幸は耳を疑った。


転勤ではなく、退職だというのだ。

ここで働いている伶二が好きだった幸には、
かなりの衝撃だった。


が、何とか気を取り直して聞いてみる。


「で、今度はどこで教えるの?」


 伶二はちょっと気まずそうに
肩をすくめた。


「・・・スポーツ業界を辞めて、
普通のサラリーマンになる」

伶二が水泳を止めてしまうなんて
考えられなかった。


幸は何かそのようなことを
口走ったようだった。


今度、伶二は改まった口調で言った。


「水泳じゃ、一生食って行けないし、
それに・・・」

幸は次の伶二の言葉を
永久に忘れられないと思った。

伶二はここで少し
はにかんだ表情を浮かべて、

それから真面目な面持ちで一気に言った。


「・・・子供、できたんだ」

幸は文字通り言葉を失った。


自分ではない女との間に
伶二の子供? 

 
この少年のような男の子が、
父親になるというのか。

いつ生まれるのだろう、
伶二が他で誰かと
付き合っていたなんて
考えてもいなかった、

というか、正直、
現実的なレベルで意識したことがなかった。

「・・・隠してるつもりはなかったんだけど、

幸はもしかして知ってるのかな、と思って
・・・ごめん、知らなかった?」

幸は正直にうなづいてしまう。


自分の顔がひどくこわばっていなければいいのに、
と思う。


そしてもう、これ以上聞きたくないと思った。


今まで何も聞かなかったのは自分が悪かったのだ、

悔しいけれど仕方ない、
でも、これから先は
もう一切何も知りたくない。

「・・・まさか、結婚してるのは
・・・知ってたよね?」

追い討ちをかけるかのような
伶二の言葉に、まさか、
と幸はつぶやく。


ついこの間まで二十二、三だと
思っていた男の子が
既婚者だなんて、
それこそ思いつきもしなかった。

では、子供というのも・・・

幸はすっかりどこまでが現実か
わからなくなった頭でたずねる。

「子供って・・・いつ・・・?」

 
いつ生まれるの、
それとも生まれたの?

「・・・この間・・・」

「・・・おめでとう。
伶二もパパになったのね」

女というものの恐ろしさを、
幸は自分の中に感じた。

傷つけば傷つくほど
冷静になっていく。


子供のことは知らなかったにしろ、
伶二が結婚しているということは
知っていたとすべきである。

なぜなら、
伶二がそう思っていたのだから。

とにかく今夜はいつものように
伶二と接しなければ、
と幸は必死でがんばった。


それが自尊心の最後の砦だった。

どうして妻子があるのに、
金曜日の晩に幸の部屋に
泊まりに来るのかわからなかった。


それにしても
幸が伶二と付き合い始めた頃には、

子供は奥さんのお腹の中で
だいぶ大きくなっていたに違いない。


六ヶ月? 七ヶ月? 

そんな妻と胎児をおいて、

自分のところに来ていた伶二が
信じられない。

そう思うと、
今そばにいる伶二が今までの伶二と
全く別人に思えた。


さっき伶二を待っていた数分間が
この数ヶ月に該当するとすれば、

その晩は幸にとって今までの
半生ほどにも感じられた。


今ここで伶二を失うのは辛いが、
このままの関係が続くのは
もっとおかしい。

その思いは一晩のうちに
幸の頭の中で膨らみ続け、
いつの間にか、まるで自分の人生が
これ以上続くのは
おかしいといった考えに
すり替わっていった。

悲壮的な面持ちで
伶二の寝顔を見つめている自分を見て、

もう一人の自分が笑う。


それを見て、またもう一人の
自分があきれる。


そして思った。


人の心は一晩のうちに何とたやすく
狂気へと変わっていくものだろうか、
と。

幸は伶二のたくましい腕に
頬を寄せる。


この腕に他の女は抱かせない。

 
まして赤ちゃんなんて
絶対許さない。

幸は伶二の美しく鍛え上げた筋肉に
唇を寄せた。

その晩何度も何度も、
横で寝ている伶二の幻にうなされた。

あの、子供がいると言った時の
はにかんだ笑顔。

あんな顔をしておいて、
どうしてまた自分の許に
いれるのだろう。

幸の力では何もできないと
高をくくっているのだろうか。

もちろん、力では絶対かなわない。

でもそれ以上に、
幸は絶対大丈夫だ、と伶二は思っているのだ。


都合のいい女にされたものだ、
と思うが、
そう装ってきた自分にもあきれかえる。

そんな考えが堂々巡りして、
幸は夢の中でうなされ、

そして、伶二のいる寝室を出た。


夢遊病者のように玄関を出て、
アパートの門扉に向かう。

そのとき、
その色が目に飛び込んできた。


夢うつつの中で、
幸はある事件を思い出す。


その花を不吉に思ったのは、
子供の頃の記憶のせいだけでは
なかった。

先日、テレビで
ある事件が報道された。

アメリカの若者が数人、
バーベキューの途中で
突然死んだのである。

健康な若者が全員、
なぞの突然死。


番組は興味深く進行した。

原因は、
バーベキューの串だった。


肉や野菜を買い込んで、
いざバーベキューを始めたものの、

彼らは串を持ってくるのを忘れたのだ。


そこで、林に生えている植物の
枯れ枝を串代わりに
使用したのである。

その植物の猛毒は、
バーベキューの肉や野菜に
じっくりと染み込み、
二十代の若者をほんの数分間で
死に至らしめたのである。

その植物
―夾竹桃は恐ろしいほど
無造作に日本にも生息している。

夢に見るまで、
幸はアパートの石垣のそばに
夾竹桃があるのを意識したことが
なかった。


無意識が導いた行動
―何が現実で何が架空なのかと思うと、

笑いが込み上げてきた。


今までの伶二との関係が
架空だというのなら、
きっとこの夾竹桃も
架空にちがいない。

幸はその木から
青々とした若枝を一本もぎ取ると、

きびすを返して部屋に戻った。

 

それはいつもの朝のようだった。

伶二がほんの二十二、三才で、
幸のところに遊びに来て迎えた朝。

少年のように屈託のない様子で
起き出した伶二を、
幸は抱きしめた。


張り詰めた筋肉、
がっしりした艶やかな伶二の体。


大好きだ、と思った。


やはり昨夜の話は嘘だったのだと
思いたかったが、

そこまで都合のいい勘違いを
押し通す気には
到底なれなかった。

起き抜けにシャワーを浴びに
行った伶二のために、
幸はコーヒーを入れた。


やかんに水を張り、
その中に若枝を入れて煮出す。

こんな植物くらいで頑丈な大の男が
うこうなったりするものか、
と思った。

幸にしてみれば、
大それたいたずらを
試みるくらいの気持ちだった。


ちょっと困らせてやれば十分なのだ。


自分だって正直なところ、
うまくだまして欲しかったのだろう。


そうでなければ、あまりにも惨めだ。

昨夜の不眠からか
ひどい頭痛がした。

とても自分ではコーヒーなど
飲む気分ではなかった。

トーストを焼き、
インスタントコーヒーを
カップに入れたところで、

風呂上りの伶二がキッチンに
戻ってきた。

幸は煮立ったお湯をカップに注ぎ、
テーブルに置く。

伶二は無造作にコーヒーカップを
手に取った。


幸は目を細める。


伶二は新聞を広げながらコーヒーを
何回かすすった。

あっという間だった。

カップを置くと、
伶二の若い肉体は
突然激しく痙攣し、

そして間もなくバッタリと
床に倒れこんだ。


筋肉がピクピク動いている。

幸はしばらく遠巻きに、
その様子を見ていた。


まるで信じられないものを
見るかのようだった。


が、数分もして伶二の体が
動かなくなると、
急に現実味が帯びてきた。


「・・・うそ・・・」

昨夜まで自分を抱きしめていた
肉体が今、がらくたのように
床に転がっている。


幸はテーブルにつくと頭を抱え、
しばらくその様子を見入っていた。

これが今まで自分が愛してきた
伶二だろうか。

いや、違う、
自分が愛していたのは
子供のいる伶二でもなく、

こんなところで冷たくなっている
伶二でもない。

さっそうとプールで泳いでいた、
少年の伶二だったのだ。

あの泳ぎをもう一度見たかった、
そうと思うと、
幸は立ち上がった。 

自分から水泳止めるなんて、

しかも子供のためだなんて、
伶二、あんたが悪いのよ。

幸は伶二の体を引っ張った。

いくら小柄でも、
筋肉の塊はずしりと重い。

引きずるようにリビングのソファに運び、
そこに伶二を寝かせた。


シャワーしたばかりで、
上半身裸のままだ。

急速に失われていく伶二の体温に、
幸は焦りを覚えた。


冷たくなってしまう前に、
と幸は思う。


が、冷たくなる前に何を
しなくてはいけないというのだろう。

ああ、そうだ、この二の腕、

と幸はつぶやく。


唇を寄せると
石けんの香りに混じって、
かすかに汗の味がする。

 
―・・・おいしそう・・・―

幸はくすり鼻で笑うと、

伶二の、筋肉と血管の浮いた
二の腕の軽く歯を当てた。

―・・・子供、できたんだ―

昨夜から頭の中で響いている
伶二の声が、
また聞こえる。

幸の犬歯が、
伶二の張り詰めた肌の表面を破った。

 
プツン、と
はじけるような歯ごたえの後、

生々しい鉄のにおいが
口の中に広がる。

まだ生温かい、
伶二の血液。

幸は狂ったように
伶二の皮膚を更に食いちぎり、
その血をすすった。

夾竹桃の毒がもうすでに
伶二の血液を巡っていたら、
私はどうなってしまうのだろう、
そう思いながら、
幸は大好きな伶二の二の腕から
溢れ出す毒々しいほどの
赤い血をむさぼった。

伶二を殺した毒の混ざった
血を飲んで死にたいと思った。


私は伶二を殺したけれど、
伶二も私を殺したのだ。

 
私の心を。

 
幸は笑いをかみ殺した。


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