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世界初のCPU「4004」開発回顧録

カリフォルニア州のIntel本社の一角に併設されているインテル博物館の展示内容を検証するためにネットを徘徊して見つけた記事のまとめ。プロセッサメーカとして有名なインテルだが、最初のマイクロプロセッサ4004の開発には嶋正利氏が大きく関わる。日経クロステック(XTECH)に連載していた嶋氏の手記『嶋正利のプロセッサ温故知新』から2006年12月から2007年7月の4004関連部分を『世界初のCPU「4004」開発回顧録』として転載されたモノ。このインデックスを載せておく。

『電子立国』の第5回の映像と共に楽しみたい。

第8回の下記と
ビジコンは,後に,経営が悪化したときに,4004シリーズに関連するすべての権利をインテルに売却した。売却と同時にビジコンが開発した大部分もインテルが行ったようになってしまった。今思い出しても,非常に残念だ。しかし,インテルで4004シリーズの開発に関与した技術者は,具体的な仕様の決定,論理設計,機能仕様書の作成などの実作業をしなかったために,誰一人として,4004開発物語を本として書くことは出来なかった。

第14回のこの部分が個人的にはアツい。
インテルでも4004CPUの論理設計者については1979年まで口を閉ざしていた。1984年になってようやく,私が4004CPUの論理設計を行ったことを社史で認めた。
1999年1月に開催された半導体誕生50周年記念大会で,ホフとファジンとメイザーには「Inventor of Microprocessor」という称号が,私には「Inventor of MPU ( Micro Processor Unit ) 」という称号が与えられた。事実は逆であった。MPU本体を発明したのはホフであり,マイクロプロセッサに仕上げたのは私であった。出席者は,誰もが知っていたが,黙っていた。
4004はIntelの製品として世に出たが、(発注側にも関わらず)嶋政利氏がいなかったら誕生しなかっただろう。


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