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金を必要としない幸せ

朝焼けを見た
色は、赤と黒しかない
地表から湧き出る燃える赤をバックに黒いシルエットとなった銀杏の枝が、漆黒の空を掴むかのように伸びている
他のものは、まだ暗くて何も見えない

銀杏の木までは約50メートル
だが、澄み切った暗い空の下に広がる赤と黒のコントラストが、アフリカの大地のような広大さを感じさせる
木の向こうにキリンのシルエットがあっても、別に驚かない
静かで、どこまでも透明だ

普段は朝、カーテンを開けた時、夜が明けたことを確かめる程度に見る銀杏だが、今日はバルコニーの椅子に座って凝視した
空には昨日までの強風で雲ひとつない
雲がないので放射冷却によって寒いが、この空気でなければこの朝焼けは成立しない
深い夜と澄んだ朝が接することでマイナスイオンがたくさん出ていた
呼吸は自然と深くなり、時の流れが止まった

とは言っても、実際にバルコニーで座っていたのは3分くらいだ
一旦部屋に戻り、しばらくして窓の外を見たら、赤と黒のコントラストはシャーベットのように消えていた
夜は朝と入れ替わり、外にはいろんな色があった

こんな朝を体験できたのは、午前3時に起きていたからだ
前日は3時半
早く起きても問題ない身体になっている

その分、早く寝る
酒など飲まないし、夕食は午後4時ごろに済ませる
そうすることで、胃が空になり熟睡できる

会社の同じ部署には睡眠薬がないと眠れない人が複数いて、そのうち1人は体調が悪いといって昨日はテレワークにしていた 
眠れないのに酒を飲むという
因果関係がわかっていない
酒を飲むから眠れないのだ
因果関係がわかっていな人は、薬の世話になるしかない

だが、それが世間の大半だ
眠れるようにと、今度は高い酒を買ってみる
その酒代を稼ぐために睡眠薬を飲みながら働く
因果関係がわかっていないので、ボタンのかけ違いが続き、それで命を食い潰す

今の世は、最初のボタンのかけ違わせることで、経済を回している
生きるために必要なものは多くない
しかし、人が増え過ぎたので、必要でないものを作る仕事が必要になった

必要ないものは、実は簡単に生み出せる
不安と羨望を同時に発生させればいい
実際にはほとんど起きないことをこの世の不幸として殊更に強調し、実際には実体を伴うことができないモデルルームのような生活を憧れの生活として煽る
そうやって人は必要以上の不安のために働き、使い道のないものを買うために働く

それでも不安と羨望が消えないと、薬を飲んで、もっと働く
それは金のためである
自分のやりたいことをやっているわけではない
だがそれに気づいてしまったらおしまいなので、今度は、自分がやっていることは社会にとって必要とか、そんな理屈まで持ち出すようになる

朝の電車は、そんな人たちを乗せて走る
そんな人たちが体を縮めながら乗っているので、信じられないほど多くの人が同じ車両に乗ることができる
協調性に支えられた生産性によって未来を志向し、地下鉄は電気で走る

これは美しいのか、それとも絶望という名の地下鉄なのか?

そんなことを考えながら目を閉じていたら、地下鉄は時間通りに目的地に着いた
今度は多くの人が、会社を目指して歩き出した
この中で、あの朝焼けを見た人が何%いるのか知らないが、俺は見た
俺は大切なことがわかっている
会社が終わればすぐに家に帰る
本当の幸せは金を必要としない


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