アイドルになりかけた、あの日。
「じゃあ最後、音楽に合わせて踊ってみてください!スタート!」
ぎこちなく踊り出す僕たち。
最終審査のラストは、全員初めて参加した”クラブ”のような、奇妙で違和感のある空間が広がっていました。
20代の頃、舞台活動と並行して声優の仕事をかじっていたことがあります。その縁でとあるオーディションに呼ばれた時の話です。
実は当時からアニメやゲームが大好きでした。今でもですが。だから声優として活躍することは夢のひとつでもあった。
そのとき有名だった、とある声優ユニットの後継メンバーを決めるためのオーディションでした。運よく最終審査まで進むことができた僕は、面接や演技試験を含むオーディションに向かいます。
今では声優が顔出しをするのは当たり前でコンサートや舞台を含めたマネタイズがされていますが、この当時、限られた人以外は「中の人」のまま。このユニットはメンバーが人気声優で構成されていて、今に先駆けてコンサートなども行なっていたため物珍しさもあり、業界ではアイドル的な扱いをされ人気があったのです。
もしこれに通れば業界では一気にスターダムだ。どんな仕事が舞い込むだろう?
そんな思いで、道中受かった先のことしか考えていませんでした。恥ずかしながら。
与えられていたキャラクターは、熱血少年でやんちゃな性格の主人公キャラ。演技に熱がこもるタイプらしいのでエントリーされたようでした。実際そういうタイプのオーディションをよく貰っていたので、客観的な評価なのでしょう。
エントリーされてから、それはもう練習しました。
とは言っても自然に演じられるキャラクターだったので特に不安はなく、むしろ自信しかなかった。重ねて恥ずかしながら。
最終オーディションの会場は企画会社のワンフロアでした。いわゆるオフィス仕様で、学校の視聴覚室のようなイメージ。十数人の候補者と共に精一杯の演技をし、いくつかの質問にも答え、ラストでは冒頭のようにまさかのダンス審査が待っていましたが、全力は尽くした。
尽くした結果落ちてしまったわけですが、ひとつだけ心残りなことがあります。
それは演技や受け答えではなく。
なぜキャラクターをイメージしたコーディネートをして行かなかったのだろう、ということです。
今考えれば、もし受かったなら顔出しをしてイベントやコンサートなどもするわけだから、担当キャラクターのイメージに近い方がいいに決まっている。選ぶ方はそこも求めていたはず。選ばれたメンバーを見たら見事にキャラと本人が一致していました。
新しい服をおろして自分ではお洒落をして行ったつもりだったけれど、オフホワイトにボルドーのストライプの長袖カットソーは熱血キャラには合っていなかったかも知れない。もっとキャラのカラーを取り入れて、イメージに近い服装をする選択肢だってあったのに。
事実、その場で「ちょっと別のキャラも演ってみて」と”かわいい担当”のキャラを振られました。きっと審査員はヴィジュアルを見て”そっちの方がイメージでは”と判断したのだと思います。
当時の自分には、残念ながら雰囲気に合わせたコーディネートまで考えるアタマが無かった。もし過去に戻れるなら「明日はこういう服を着ていけ!」というミスターXからの謎の置き手紙を残したい。
もちろん、それだけで結果が変わるものではないでしょう。でもそこが万全でなかったことが悔やまれる。変わっていた可能性はゼロではないと感じるからです。
今はその時とは全く違ったファッションの仕事をしているけど、時々この「IF」について、詰めが甘かったと今でも悔しく思い出す。
「もしあの時◯◯が◯◯だったら、違った結果になったのではないか?」
誰しも色々な場面で思うことがあるでしょう。一度も思ったことがないという人の方が珍しいはずです。
僕は、ファッション面での「IF」を無くしたいと思って活動しています。そしてその原点は自分の体験した”あの日”のことです。
自分はあの時、詰めが甘かった。
だから他の人には詰め切って臨んでほしい。
結果に関わらず「出来ることは全てやった」とファッション面でも思える装いを提案したい、纏ってほしいと願ってスタイリングを提案しています。
あの日、あの時、あの場所で。
つい有名なフレーズが浮かんでしまいましたが、これ以上書くと某団体に徴収されそうなので止めておくことにします。
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