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[告知] FEECO magazine vol.2 JG Thirlwellを辿る10枚

FEECO誌Vol.2はサウンドトラック特集ということで、前回は「グラフィックノベル」の項で取り上げるClay Pipe Musicについて書いたが、今回は「アニメ」の項で特集するJG Thirlwellについて今一度書く。収録予定のロングインタビューは一部を以下に掲載しているので、そちらも参照のこと。

本誌では所謂ディスクガイドの体でJGの音楽を紹介するスペースがないため、今回はこの場で氏の作品を10枚ほどピックアップした。音楽性の変遷を基準に選んだものであり、ほとんどは公式サイトであるfoetus.orgで各フォーマットが購入できる。

Limb(2009)

80年から83年にかけて作られた実験的音源をまとめたコンピレーションで、CDとドキュメンタリー番組が収録されたDVDの2枚組。テープ・レコーダーによるライヒ直系のループ・ミュージックが多く、その反復が生むサイケデリアはNurse With WoundやNONら同世代のインダストリアル・ミュージック音響派への同調を強く感じさせる。『ハエ男の恐怖』などで高名な俳優ヴィンセント・プライスの声を20分にわたってループさせた「You Have to Obey」はそのモンド感覚までもがボイド・ライスと繋がるし、NWWもほぼ同じ手法で「Rocket Morton」という曲を残している(こちらはキャプテン・ビーフハートの声をループさせている)。「Primordial Industry」はサールウェル史上でも屈指の美曲と思う。

DEAF(1981)
3枚のシングルを経てリリースされたファースト・アルバム。録音こそ8トラックスタジオだが、後の作品のように豪華な設備のスタジオを自由に使い始める前の時期なので、限られた時間と格闘するかのように仕上げられた。宅録全開のローファイな質感は今日のハイファイ環境と対照的である。くたびれた音と憔悴しているかのようなボーカルはまぎれもなくポストパンク時代の音であり、人によっては本作がサールウェルの最高傑作とする向きもあるだろう。「エレクトリカルパレード」のようなキッチュなサンプル選びや、ヒップホップをかなり早い段階で踏襲した「Today I Started Slogging Again」に見られるグロテスクな折衷はすでにFoetus印のサウンドを確立させている。2019年にリマスターされアナログ復刻された。

HOLE(1984)
Some Bizarreレーベルと契約し、Soft CellやEINSTÜRZENDE NEUBAUTENらと並んで同レーベルの看板アーティストになるきっかけとなった3枚目。それまでのアルバムとの違いはなんといっても24トラックのスタジオでの録音で、延々とアレンジに凝り続けられる空間はサールウェルの理想を具現化させた。あらゆる空間系エフェクトが試されており、キック一つ一つにAMSのディレイをかませるなどの偏執的な処理は、マーティン・ハネットがJoy Divisionを素体に行なっていた、ロック・ミュージックによる実験だ。「バットマン」のテーマを引用したり、「Satan Place」の主役となる安っぽいキーボード・リフは、60年代への思い入れがハッキリと表れており、マット・ジョンソン、エドウィン・コリンズ(Orange Juice)、マーク・アーモンドといった当時の交流関係からも納得である。「I'll Meet You in Poland Baby」はサールウェルも最高傑作と自負する一曲で、昨年もチェンバー・アンサンブル編成で演奏されたのは記憶に新しい。

Quilombo!(1991)
ドスの利いたボーカルと不穏な歌詞、ショッキングなヴィジュアル(ステージに飾る豚の頭など)などなど、固定化してしまったFoetus像から距離をとるべく取り組まれたインストゥルメンタルのプロジェクトがSteroid Maximus。それまでは楽曲の脇を固めていたホーン・セクションが主役となり、インダストリアル版ビッグバンド・ジャズともいうべき躍動感を出している。ドローン含めた各演奏がモンタージュされ、ノンストップで展開される様はモンド版マイルス・デイヴィス『On the Corner』といったところ。PIZZによるアートワークもそのイメージを助けている。「Fighteous」は後に『Venture Bros.』のメインテーマとしてリモデルされる。

Ectopia(2002)
92年に出した同名義の『Gondwanaland』から数えて10年、その間に他の名義で試みてきたことをSteroid Maximusとして結実させた意欲作。前年に出たFoetus名義の『FLOW』からロックのエッセンスを抜いたと書けばいいか、サールウェルを構成する70年代初頭のモンド感覚が過去作よりもハッキリと浮き出ている。『007』をダイレクトに使った「L'Espion Qui A Pleuré」はその典型だ。遠くで鳴り続ける持続音と突然飛び出てくるホーンのコントラストは、サールウェルの美学である映画的ダイナミクスを端的に表す瞬間である。

LOVE(2005)
2000年にはFoetusとしての音楽をロックで表現することに辟易していたサールウェルだが、2003年のSteroid Maximusライヴで実際にオーケストラを指揮したことで、フォーマットとしてのロックに見切りをつけた。「Miracle」のような曲は上の『Ectopia』と同じ映画的な曲構成だが、躁鬱気味にアップダウンを繰り返すボーカルがそこへ飛び込むのはFoetusならではだ。随所にボーカリストとしての独演が挟まれる傾向は2010年の『HIDE』でより顕著となっている。ギターはほぼヴァイオリンやチェロにとって代わられており、(一時期の)ナイン・インチ・ネイルズやミニストリーと比較したがるリスナーにとってはむずがゆく感じたことだろう。インストゥルメンタルのプロジェクトに鈍い反応を示していたファンは本作で完全に離れてしまった感がある・・・が、今となっては大した問題ではない。

The Venture Bros.™ The Music Of JG Thirlwell(2009)
次のFEECO誌でも紹介する人気カートゥーン『Venture Bros.』のサウンドトラック(2016年には第2弾も発売されている)。古今東西のサウンドトラックを咀嚼したSteroid Maximusの発展形であり、サールウェルの引き出しの多さを克明に記録したアルバムでもある。アニメ本編も60~80年代のポップカルチャー(オカルト含む)からのサンプリングだらけで、いかにサールウェルと相性が良いかはトレーラーに使われる『スパイ大作戦』ネタのBGMを聴くだけでもお分かりいただけると思う。雑多なジャンルが放り込まれているが、主なスタイルを表すならばハンナ・バーベラ(『ジョニー・クエスト』)+『カウボーイ・ビバップ』(菅野よう子)で、メインテーマ「Tuff」はサールウェル版「Tank!」と呼ぶにふさわしい。コンポーザーとしてのキャリアを決定づけたもので、アニー賞にまでノミネートされている。

Dinoflagellate Blooms(2011)
曲の構成ではなく音そのものを探求するManorexiaはサールウェルのプロジェクトの中でも、特に紆余曲折を経たものだ。当初はドローン・ミュージックをイメージしていたそうだが、より音響面に特化したSteroid Maximusといった趣の『Volvox Turbo』や過激なミュージック・コンクレートの『The Radiolarian Ooze 』など、良くいえば柔軟、悪く言えばムラのある結果を残してきた。4枚目となる本作は当初の目的に最も近いドローン、それもシュトックハウゼンやペンデレツキといった(東寄り)ヨーロッパ現代音楽の古典にも通じる超然としたサウンドスケープを持ち、構成から解き放たれた音響へと帰結した。その静寂はホラー映画の「無音の時が一番怖い」という様式へのオマージュにも聞こえて、こうした俗な感覚はサールウェルならではだ。大音量で聴くのが一番ふさわしい作品だと思う。

The Blue Eyes(2013)
2012年に上映されたエヴァ・アリジス監督による同名映画のサウンドトラック。映画の内容はメキシコのチアパス州を訪れた男女が魔女と出会い、神秘体験と変身を遂げるというもの。サールウェルが担当したサウンドトラックとしては初めて音源化されたものである。チューバやチェロなど現在でも重用している楽器群がふんだんに使われており、楽器選びの段階から監督と協議を重ねていたとのこと。個々の曲は短く、メインテーマのアレンジが多いなど、良くも悪くも映画を支える一要素の枠に収まっている。「求められている」音楽を作るコンポーザーであることを示す一例だ。

Neospection(2017)
シンセサイザーのみのプロジェクト、Xordoxのファースト・アルバム。ストックホルムにあるEMS・ミュージック・スタジオで触れたブックラによる音も使われており、奇しくも2010年代のモヂュラー・シンセ再興の機運と合流した例となった。しかし、『スタートレック』世代ゆえか、スペースエイジと呼ばれるような5,60年代的エッセンスに満ちたサウンドで、それがトレンドの音楽群と一線を画している。パーカッシヴな音からドローン、時にはクドいくらいに繰り返すアルペジオまで、とにかく手探りでシンセを鳴らしまくっており、初めてシンセサイザーを手にした1980年前後の記憶を辿るかのようにプリミティブな音選びが気持ちよい。2020年にリリース予定のセカンド・アルバムは本作から大きく離れたサウンドになるとのこと。画像クリックでbandcampページに飛びます。

本誌ではJG氏のロングインタビュー以外にも様々な記事を収録している。詳細は以下のURLをご参照ください。

http://atochi.sub.jp/WEB/HD/FEECO/vol2.html

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