見出し画像

『ナース・ウィズ・ウーンド評伝』出版のお知らせ

『ナース・ウィズ・ウーンド評伝 -パンク育ちのシュルレアリスト・ミュージック-』をDU BOOKSより上梓します。79年から今日まで活動するナース・ウィズ・ウーンド(Nurse With Wound)ことスティーヴン・ステイプルトンの個人史を、本人や関係者たちの証言と過去の資料から辿ります。
主なトピック:60年代末のフランスやドイツで芽生えた「ラディカルな」音楽との出会い、パンク前夜のロンドン・レコード店事情、ポストパンク時代のインディペンデント・ネットワーク、自主レーベルUnited Dairiesの盛衰、ステイプルトンの身近にあった秘教的インダストリアル・ミュージック・シーン、生まれ育った土地からの離脱と新天地で築いた生活など。
取材協力・資料提供者はスティーヴン・ステイプルトン本人含めた30名以上。カラー掲載写真の70%は初出。表紙に使われているコラージュはバブズ・サンティニ改めステイプルトンが本書のために制作・提供(近日発売する『Who Can I Turn To Stereo』再発LPにも使用されています)。

目次はDU BOOKSのページに記載。各ネット書店へのリンクも併記されてるので、お好きなところからお求めください。※1/8更新:発売日が1/29に確定しました。
ディスクユニオンとタワーレコード限定の先着特典として、表紙のアートワークをプリントしたバッジ(40mm正方形)が付いてきます。



概要

Nurse With Woundを追った書籍といえば、デヴィット・キーナン著『Enland's Hidden Reverse:A Secret History of the Esoteric Underground』(2003,SAF Publishing。2016年にStrange Attractor Pressが復刻)だろう。NWW、Current 93、COILについて書かれた唯一の本であり、その地位は今日でも揺るぎない。ポール・ヘガティが著書『ノイズ・ミュージック』(2007,Continuum Intl Pub Group)の序文で「NWW(とC93~COIL)については『England's』を参照」と書いたことは、同書の教典化および書かれているアーティストたちについて回ってきた神秘的イメージを強調した。
『England's』が代替えのない試みであり、充実した内容であることに異論の余地はない。しかし、同書は「運動」という枠組を使ってアーティストたちの歴史を包括しようとした本であることも留意しておかねばならない。
C93のデヴィット・チベットやCOILのジョン・バランスを神智学者的存在として扱う手前、スティーヴン・ステイプルトンをその方向に傾けながら書くのは難しかったのだろう(ステイプルトンは今日でもオカルティズムの類への関心を否定し続けている)。その結果、NWWに割かれたページはC93とCOILと比べて少なく、相対的に詳細を欠いていた。2008年の時点で、ステイプルトンは『England's』を「ジャーナリストが本を書くために"運動"を必要としていただけ」と評している。
この辛らつな評価は、NWWについて書かれた部分の多くが、音楽雑誌『WIRE』97年6月号に掲載されたステイプルトンのインタビュー(聞き手はキーナン氏)を基にしていたこととも関係している。つまり『England's』のための取材自体は行なわれていなかったのだ。同書が復刻された時も加筆はなく、得られる情報自体は90年代で停止したままだった。

日本では『England's』が邦訳されていないこともあって、カルト的な人気を博す割にNWWの情報は更新されていない。80年代に阿木譲編集『ロック・マガジン』~『EGO』が先鞭をつけるも、その後の『銀星倶楽部』ノイズ特集(87年)や秋田昌美『ノイズ・ウォー』(92年 水声社)などを除けば、NWWはディスクガイド上で「インダストリアル・ミュージックの大家」または「ポストロック~エレクトロニカの先駆」といった説明を添えられるのが常であった。本書が批評ではなく評伝の体をとった理由はここにあり、まずは情報の整理が必要な段階だと判断した。それともう一つ、今なお現役であるステイプルトン(そして80年代に花開いたアーティストたち)の人生にある種の結論を与えるには少々早いとも。本書が多角的な視点からNWWを再発見する道具にもなれば幸いである。

(前略)
NWWはロンドン北部で生まれ育ったスティーヴン・ステイプルトンが二人の友人と結成したバンドであり、1979年に『解剖台の上でのミシンと蝙蝠傘の偶発的な出会い』(Chance Meeting On A Dissecting Table Of A Sewing Machine And An Umbrella)というLPのリリースを以てデビューとなった。デビューといっても、メジャーのレコード会社からリリースされたわけではなく、ロンドン・パンクによって火がつけられたDo It Yourself精神による自主製作・自主リリースの流れに乗ったものだ。その視野には商業的な成功など欠片も含まれておらず、自分たちのレコードを作ることへの興味関心と意欲だけがあった。その純朴さ、青臭さとさえ呼べるパッションは、不協和音的ジャムと、フェティシズムやゴシック的趣味を感じさせるカヴァー・アートになることで一種のロールシャッハ・テスト的効果を発揮した。耳にした者は驚いたのち首を傾げたことだろう。奏者たちはこのカオティックな時間を意図して生み出したのか、それとも偶然迷い込んだだけなのか?
 自主製作音源が雨後の筍のように現れていたパンク・シーンにおいて、その音楽が持つ圧倒的構成力と独創性からNWWはある種のカルト的存在感を放つようになっていた。特に大きな反応を示したのはインダストリアル・ミュージックと呼ばれるシーンで、ほぼメディアに露出しない態度も相まって、そのイメージは神秘的とさえ呼べる域に達した。
(中略)
やがてホワイトハウスやカレント93ら「同属」のグループと交誼を結ぶことで、NWWにはスロッビング・グリッスル以降、いわゆるポスト・インダストリアル・ミュージックの先達という評価が定着していく。しかし、その位置づけから先へ、つまり個の表現としてのNWWに関して言及される機会はほぼないまま、時間だけが過ぎていった。
数少ないヒントの一つが、ファースト・アルバムに封入されていた通称「NWWリスト」に掲載されている「パンク以前」のラディカルな音楽たちだ。クラウトロック(ブレインチケットを引用した『ブレインド』や、ステレオラブとのコラボレーション)や、フリージャズ含めた50~60年代の実験(ESPやECMのリリース、デヴィット・チュードアのライヴ・エレクトロニクス、GRMやシュトックハウゼンのミュージック・コンクレートなど)との近似と、これらをインダストリアル・ミュージックへ継承させたという仮定がNWWのパブリック・イメージそのものとなった。
                            (序文より)

70年代前半に撮影 (提供:Steven Stapleton)

88年、アイルランド移住直前のステイプルトン邸内 (提供:John Hubbard)

ステイプルトンは90年代に入ると同時に「レーベル運営」と「新しい音楽を聴く」ことを控え、自身の創作に没頭し始めた。それは90年代の多様化(音楽ジャンルの細分化からインターネットの登場まで含む)に背を向け続けることを意味していた。こうなった要因はいくつかあるのだが、最たるものは彼がアイルランド西部の僻地・クールータに移住したことだろう。この孤高の生活こそがステイプルトンの創造性とマイペースを担保した。マイペースとは「おっとりした」とかそんな意味ではなく、「したいこと」と「したくないこと」を知り、そこから生活を組み立てることだ。人生においては「したくないこと」が行動を決定づける時だってある。彼の個人史において、移住は初めてレコードを作った時と同じくらいにパンクな行動だった。そして、彼は30年以上経過した今でもかの地に住み続けている。

家を建てるための整地に励むステイプルトン (提供: Konori)

出版に寄せて

本書には「あとがき」に該当するページがないため、この場で筆者の思うところを書く。
執筆にあたって取材を始めたのは2016年の秋頃だが、そもそもの発端は筆者が2014年に発表したミニコミ(NWWや周辺のアーティストについて記述)にまで遡る。これがきっかけで出来た縁はやがて国内外まで広がり、最終的にはスティーヴン・ステイプルトン本人にまで届いた。2017年、彼本人に手紙を送ったところ取材の承諾が得られたため、同年秋にアイルランドへ向かうことになったのだ。さらに翌年にも再び現地で取材ができたため、本書にあるステイプルトンについての記述は、この2度のインタビューを叩き台にしている。短い時間と拙い英会話能力で得られる情報には限度があったが、日本語として残されてない(入ってきていない)内容になったことは確かだろう。もともとは過去のように自費出版で発表する案もあったが、二度目の取材が始まる頃に今回の企画が成立したのだった。
当然ながら取材協力や資料を提供していただいた方々のお力添えなくては本は完成しなかった。特に質問の作成からインタビューの文字おこしまで手伝ってくれたJohn Podeszwa氏には多大な感謝を贈りたい。
2度の遠征取材は旅費等をすべて自腹で負担していたため、執筆期間中に投げ銭や過去発行物の購入などで支援していただくこともあった。そのご厚意にはいくら感謝しても足りることはない。本書の発表を成果としてお返しするのに加え、せめてもの返礼として巻末にお名前を掲載させていただいた(2020年春時点)。

私事になるが、執筆期間中は私生活や(仕事の枠内にとどまらず)今後の方針を何度も考えた時間であり、気が付けば行き当たりばったりの生活が板についてしまっていた。個人的に自己決定権というものはあまり信じていない(自分の選択は結局その時の周りの環境に左右されるので)が、スティーヴン・ステイプルトンの創作と生活におけるDIYな態度は、自分が今の生活を選択し続けていることに少なからず影響を与えていると思う。自分の身近では、彼はシュルレアリスムやパンクが提示した自由性、「NO」の概念を体現していた唯一の例となった。さらに取材時の自分の年齢と、ステイプルトンが移住を考え始めた歳が重なっていた(30歳前後)ことも一つのリアリティをもたらした。こうした体験が自分に本を書かせたところはあるし、今回の出版はそれらへの恩赦ともいえる。

hontoやamazonでもお求めいただけます。冒頭で書いたように、先着特典はディスクユニオンとタワーレコード限定なのでお間違えのないようにお願いします。

https://www.nursewithwound.co.uk/
NWW公式サイトでは、多くの作品がステイプルトン本人から購入できる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?