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「らしさ」ってなんだろう?

会議や、イベントの際にも時々話題に上がる「代官山らしさ」のお話。

実は、私自身「代官山らしさ」についてはまだ明確に「これっ!」と言うのは正直ありません。

何故って、人の数だけ「らしさ」はあるので「らしさ」を扱うと言うことは「空気」や「水」みたいな透明でクリアなものを表現する感覚に近い気がするからです。

それでも、茶話会でお会いした方や、代官山サロン、哲学カフェでの初めましての方でも「その感覚わかる!」と言うケースに遭遇することがあります。

住む人の「らしさ」働く人の「らしさ」、営む人の「らしさ」は、似ているようでそれぞれに好きに解釈されているようにも見えますが、共通する「何か」を感じることもありました。

ある会議では「代官山らしさ」を「品格」と表現された方がおり、これもまた「空気感」に近いなとしみじみ感じます。

品格:気高さや上品さ

礼儀作法やマナーがきちんとしている人や、公の場でも恥ずかしくない教養のある人だとすれば、備わってなく思えてドギマギしちゃう私。

逆に、建物・道・お店とすると印象的な「何か」になりますが、決まったひとつには、なりにくく幅広く多岐に渡りそうです。

ただ、この会議ででた「品格」は私は「周囲に気遣いを示す」ことができると言う解釈、相手を気遣うことでそれぞれの想いや意見にも丁寧な対応になり、誰にでも平等にきちんと向き合うことが、表面上ではない品格を磨くことと言う意味で使われているように思えました。

周りの人の話をしっかりと聞き、例え意見の違いがあったとしても穏やかに接することができたら、どんな会議もきっと良い解決への道筋が見え「品格」ある関係性を保つ効果になると良いな〜思えた「代官山らしさ」のひとつの出来事でした。

来年の春のお祭りの準備が早くもはじまりつつあり、住民(町会)・店舗・運営・それぞれの想いが集まり、何を大切にしたいと考えるかを話し合っていく時間。この場合の「気遣い」にあたるのが「黒子」の存在。
「何かをやる人」ではなく「お祭りを成立させるために働く人」の存在についてメールが届いてあり方について考える時間。

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