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 ずっとあなたがいてくれた第十八話

「そうか、そうですよね」
 あらためて思った。私は彼に会う。どんな障害が立ちはだかっても。
「変なこと言っちゃいましたね、申し訳ありません」すぐに笑顔になって、またお酒を勧めてくる。「今日はもうやめておきます。寝られなくなるので」ウソだ。本当は飲みたい。気が済むまでこの人と飲みかわしたい。でも、そうすべきではないともう一人の私が言っている。
「お会計、お願いします」言いながら財布を覗くと、一万円札が二枚しかない。やばい。足りるかな。「おごらせていただきますよ」「えっ?」驚いて顔を上げると、ニコニコしながら何かを差し出す。手に取ってみると、「お守り?」「ええ」「え、なんでお守り……」困惑しかない。「そもそもおごりってどういうことですか。私そんな、おごってもらうようなこと何もしてませんよね?」「いいじゃないですか、細かいことは」「細かいこと、っ
て……」冷たいものが背中を伝う。これ以上ここにいてはいけない。
 気分が悪くなったとウソをつき、あわてて店を出た。もちろんお守りは持っていない。店からだいぶ離れたところでタクシーを拾う。アトリエで拾ったタクシーと同じ人だった。へえ、そんなこともあるんだ、と思いながら後部座席に乗り込むと、突然の衝撃。首筋の痛みに顔をしかめ、隣に目をやると――「――タカシ?」タカシの悲しそうな顔を最後に、私の意識は遠のいていった。
 あの家で彼と会った。会った瞬間、何もかもどうでもよくなって、彼の胸に飛び込んだ。正確には、飛び込もうとした。直前で止められ、どうしたのかと見上げると、彼は悲しそうに首を横に振った。ハッとした。その悲しそうな顔、どこかで見た気がしたから。どこで見たんだろう。誰か別の人だったかもしれない。でも誰だか分からない……。
どのくらい時間が経っただろう。遠のいた意識が戻ってくる感覚があった。深い水の底から、急速に浮かび上がってきたような……。
 かすかに話し声がする。遠くないところだ。一人? たぶん。独り言? 違うかも。でも相手は……。相手はどこにいるのだろう。いぶかしんでいたとき、「だから!」と大声がして、驚いて目を開けた。
 誰もいない。耳をすませる。「邪魔するなだと? お前こそ邪魔するな!」
 びくっとしたけど、部屋で話しているのではない。廊下? この部屋は廊下に面している? 身体を起こす。ベッドがぎし、と音を立てた。
 首筋に痛みを感じたけど、手足は自由に動く。ドアの前で気配がする。誰か入ってくる? 横になって目を閉じた。すぐにドアが開き、足音が近づいてくる。その誰かの手が、私の頬に触れた。

第19話へ続く


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