見出し画像

ずっとあなたがいてくれた 第十六話

 どういうこと……? 困惑してタカシを見る。「思い出した?」やさしく
聞いてくるタカシは、別人のようで違和感があった。深呼吸をして気持ちを
落ち着かせる。「思い出したっていうのか、わからないけど、誰かに追いか
けられてた。転んで倒れたとき、その誰かは私の上を超えていった。声だけ
が聞こえて、その声もだんだん小さくなった……」「決まりだな」「で
も!」タカシが私を見る。「本当なの? 本当にその誰かが、先生のお兄さ
んなの? 本当に私が……」その先は声にならなかった。私は本当に、彼の
お兄さんを死なせてしまったのだろうか。
 会いに行くつもりかと母は言った。本当に何も覚えてないのねと、驚いた
ような、あきれたような言い方だった。きっと知っていたんだ。全部。でも
なぜ――。「なんでお母さん、教えてくれなかったのかな……」「覚えてい
ないことを思い出させたくなかったんだろう。その気持ちは俺にもわかる」
顔を上げた。タカシが何か言いたそうに私を見ている。イライラした。
「さっきから何なの? 気になって仕方ないんだけど。言いたいことあるな
らはっきり言ったら?」
 タカシは少しうろたえ、でもすぐに気を取り直したのか、私をまっすぐに
見て言った。「頼むから、如月に会うのはやめてくれ。そうは見えないかも
しれないけど、あいつ執念深いんだ。かすみちゃんを探し出して、通ってい
る高校の美術部に入り込んだんだぞ。子どもの頃、たった数週間一緒に過ご
しただけなのに。何をする気かわかるだろう? 頼む、行かないでくれ」
 行かないでくれ、って……。「何、それ。私が危ない目に遭うとでも言い
たいの?」「そうだ」――え? 驚いて反論しようとしたけど、言葉が出て
こない。「兄貴の復讐をする気なんだ。かすみちゃんを……そして自分
も……」タカシの声はだんだん小さくなって、何度も聞き返したけど、何を
言っているのかわからなかった。思い切って近づいたら、すごい力で両肩を
つかまれ、思わず悲鳴を上げてしまった。
「頼む! 頼むから、行かないで。如月に会わないでくれ。かすみちゃんに
は、ずっと笑っていてほしいんだ。悲しい顔なんてしてほしくない。だから
――」行かないで、そう言いながら、タカシが強く抱きしめてくる。私は苦
しくて、息ができなくて、離れることしか考えられなかった。
 タカシの力が少し弱まったとき、チャンスとばかりに思い切り突き飛ばし
た。「いい加減にしてよ! 何なのよいったい! 私がどんな目に遭っても
それは私の選んだことで、タカシには関係ないでしょう?」「関係、な
い……?」「そうよ!」やってられない。そうつぶやくと、タカシを残して
アトリエを出た。これ以上ないくらい、最悪の気分だった。

第17話へ続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?