純愛ラプソディ(仮) 二
「はる香、今日は遅かったね」翌朝、どんなに厚く塗ってもクマを隠せず、始業時刻ぎりぎりに出社した。彩花に言われ、あ、うん、とうなずく。電車がね、とつぶやき、ちょっと俯いた。目の下の濃いクマ、見られたくない。でも彩花の視線を感じる。「元気ないみたいだけど、なんかあった?」見破られた? まさか。彩花は何も知らないはず。「大丈夫。なんでもない」顔を上げ、平気だとアピールするつもりだった。でも彩花の顔を見たら、心から心配しているのがわかる。その瞬間、涙があふれて止まらなくなった。
「どうしよう、私、もうダメ……」それだけ言って、その場にうずくまってしまった。子供みたい、なんで私がこんなこと。そもそも彩花に話すべきじゃないのにーーいろんな思いが混ざりあい、仕事どころではなくなった。
しばらくして背中にぬくもりを感じ、彩花の声がした。「課長に病院行くって言ったから。いつものカフェに行こう」私は首を横に振った。「やだ、うちがいい」少し間があり、「わかった。タクシー拾おう」うなずいて、抱えられるように会社を出ると、彩花の止めたタクシーに乗り込んだ。
「五反田駅まで」彩花の言葉に顔を上げ、理由を尋ねようとしたら、「手みやげ買わなくちゃ」と言うのでさらに混乱した。手みやげ? 一人暮らしだから、誰にも気兼ねは要らないのに。アカネに何か買うってこと? アカネのこと、話したかな…。
考えているうち、五反田駅に着いた。先に降り、手みやげをどこで買うのか考えていたら、彩花が会計を終えてやってきた。どこで、と言いかけたとき、彩花は私の腕を取って言った。「あれは嘘。何も買わない。歩いていく」「えっ?」「ちょっと時間かかるけど、いいでしょ」私はうなずいた。歩きながら、彩花は続ける。「この前ね、タクシーで帰宅してた女子社員の家に運転手が忍び込む事件があったんだって」「何それ、うちの会社?」「そう。常務のお嬢さん」「……」「ちょうど縁談があって、常務が事件化するのを嫌がったの」「そんなーー」それでは犯人が野放しではないか。「でね、課長から内々にお達しが出たの。タクシーを使うときは離れた場所で降りるようにって」私は立ち止まった。
「何よそれ、おかしいじゃない!」彩花も立ち止まり、そうね、とうなずいた。「なんで私たちが自衛しなきゃいけないのよ、何も悪いことしてないのに! 彩花はそれでいいの?」しばらく彩花は黙っていた。「何とか言ってよ!」彩花はなおも黙っている。ねえ彩花、と言ったとき、彩花は肩をふるわせた。え……? 泣いている……?
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