見出し画像

 ずっとあなたがいてくれた第十九話

 手が触れた瞬間、その温かさに驚き、声を出したくなったけど必死にこらえた。右の頬、それから左の頬に触れて、最後に両頬に手が触れた。「もう大丈夫だよ、かすみちゃん」ハッとして目を開けた。しまったと思ったけれどもう遅い。「かすみちゃん……」そこにいたのは、如月晴馬。私が慕う如月先生だった。
「どうして」そうつぶやくのがやっとだった。私を連れ去ったのはタカシのはず。なのにどうして? 
 さらに言葉を発しようとして、でも上手くいかず、口をぱくぱくさせただけ。彼は私の両肩を抱き、身体を起こしてくれた。「ぱっと見た感じ、ケガはしてないようだったけど。腕とか脚とか、痛むところはない?」私はうなずいた。
「首筋がちょっと痛いけど」右手で首筋をさする。小さな傷があるような気がした。
「何か、できてる。みみずばれ?」彼が首筋を見る。「ああ、スタンガンのせいだね」
「スタンガン?」そんなものを使うなんて、タカシはいったいどういうつもりなのか。
「大丈夫、ここは安全だ」さっきの会話を思い出す。「電話で話してたでしょ、さっき」「聞こえてたんだね。そう、タカシとやりあった」「何があったの? タカシどうしちゃったの? なんだかもう、本当に……」本当に、何が何だかまったくわからない。
 彼は床にしゃがみこんで、私の顔を見上げる。「こんなことになって、本当にごめん」「えっ?」なんであやまるの? 「何から話せばいいかな……。そうだ、僕の兄のことは聞いたよね?」ぎくっとした。血の気がひいていくのがわかる。私のせいで、お兄さんが……。「かすみちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
 ふたたびベッドに寝かされ、天井を見つめる。涙がこぼれた。ベッドの脇に椅子を持ってきて、彼は私の顔をのぞき込む。「高校のとき、僕が倒れたの覚えてる? 熱中症だったかな」彼を見ると、やさしく微笑んでいた。「保健室で休んでたら、かすみちゃんが来てくれて嬉しかった」
 顔を天井に戻す。そんなこともあったかもしれない。でも昔の話だ。「タカシが何を言ったか知らないけど、兄の死はかすみちゃんのせいじゃない。それだけは言っておきたい」驚いて彼を見た。「でも復讐しようとしてるって、だから会わないでほしいって――」「タカシがそう言ったんだね?」私はうなずいた。
 まったく、と吐き捨てるように彼は言った。「復讐しようとしているのはあいつの方だよ」その言葉をすぐには理解できなかった。「タカシが、復讐? 私に?」まさか……。「兄が死んで、父は抜け殻になった。兄には期待をかけていたからね。そんなとき、詐欺にひっかかってしまったんだ。財産をすっかり持っていかれた」そう話す彼は、とても辛そうだった。
「奪われた中には、タカシの親父さんに渡す予定の物も多く含まれていた。ずっと父の身の回りの世話をしていて、身内も同然だったんだ。でも兄の死後、父はタカシ親子を追放した」両手で顔を覆い、深いため息をついた。「信じられなかった。泣いて父に頼んだよ。ずっと一緒にいたい、お願いだから出て行かせないで、って」

第20話へ続く


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?