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ずっとあなたがいてくれた 第十五話

 アトリエが見えてくると懐かしい気持ちになった。絵を見られなくて残念
だったし、今度はじっくり絵を見たいと思う。十五分しかいられない、とは
言われたけど……。「ねえ、今日もすぐ出なくちゃダメ?」「いや、今日は
違う」タカシは車を止め、シートベルトを外しながら、「絵は全部引き揚げ
たんだ」「えっ?」引き揚げたって、どういうことだろう。「如月のご両親
が、全部持っていった」「ご両親が? 先生本人じゃなくて?」「もちろん
如月の意向を踏まえてのことだ。記憶が戻ったって後は継がない、画家にな
ると主張しつづけたら、最後には折れたんだとさ。如月に言わせれば、念願
叶ったってところだろう」
「ふうん……」じゃあなんで……。
「ねえ、なんでここに――」私の言葉をさえぎるように、タカシがアトリエ
の扉を開ける。中はがらんとしていて、本当に何もなかった。天井を見上げ
ると、あの絵もない。思わずすごいと言ってしまったあの絵。もう一度見た
かったな……。
「如月の事故のあと、アパートに絵を持っていったって言ったよね」
「うん」「如月のためっていうのは口実で、本当は自分のためなんだ」
「自分の、ため」「とくに天井に掲げた新作は、まだ誰の目にも触れていな
かった。だから大きく心が動いたんだ。自分の作品としてコンテストに出し
たら、画家になれるんじゃないかって」「そんな……」「最低だよな」何も
言えなかった。「結局出さなかったけど、最低なことには変わりない」
はは、と乾いた笑い。「誰かが同じことをやろうとして相談してきたら、止
められないかもな。気持ちがわかるから」タカシが私を見る。その目は何か
を訴えているようだった。「知りたいのは、如月の兄さんのことだよね」
「うん、そうだけど……」胸騒ぎがして、タカシから目が離せない。
 私に背を向け、タカシが言った。「如月の兄さん、亡くなったんだよ」
「えっ?」「かすみちゃんとお母さんがあの家にいたときだって。何度めか
に行ったとき、兄さんが写真を撮ったあと、追いかけっこしたの、覚えてな
い?」追いかけっこ……。
「二人だけだったのかどうか、如月にもわからないらしい。兄さんが転落す
るのが見えたあと、伏せていたかすみちゃんが起き上がって、転落したあた
りをのぞき込んだ。それから、悲鳴を上げてどこかへ行った。翌日には君た
ち親子はいなくなって、兄さんの遺体は荼毘に付された。これが、如月から
聞いた真実だ」
 追いかけっこ……。記憶の奥のほうから、声が聞こえる。
――待てよ、今日こそ注射してやる――やめて、来ないで――
 足元の石につまずいた。私は倒れ、そして――ああっ、と誰かが叫ぶ。背
中に衝撃が走り、叫び声は小さくなっていった。

第16話へ続く

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