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【5月26日刊行予定!】 『本心』 プロローグ 【試し読み】

『マチネの終わりに』、『ある男』に引き続き、愛と分人主義の物語であり、その最先端となる平野啓一郎の最新長篇『本心』(文藝春秋社)を、5月26日(水)に刊行いたします。🎊

発売記念に、プロローグから第三章まで、noteでも試し読み公開!
それでは、平野啓一郎の3年ぶりの新作『本心』をお楽しみください。

目次


▶︎▶︎ プロローグ 5月17日(月)公開 

第一章 〈母〉を作った事情 5月19日(水)公開予定
第二章 再会 5月21日(金)公開予定
第三章 知っていた二人 5月24日(水)公開予定
第四章 英雄的な少年 
第五章 心の持ちよう主義
第六章 〝死の一瞬前〟
第七章 嵐のあと
第八章 転落
第九章 縁起
第十章 〈あの時、もし跳べたなら〉
第十一章 死ぬべきか、死なないべきか
第十二章 言葉
第十三章 本心
第十四章 最愛の人の他者性

プロローグ

 一度しか見られないものは、貴重だ。
 月並みだが、この意見には、大方の人が同意するだろう。
 とすると、時間と不可分に生きている人間は、その存在がそのまま、貴重だと言える。なぜなら、生きている限り、人は変化し続け、今のこの瞬間の僕は、次の瞬間にはもう、存在していないのだから。
 実際には、たったこれだけのことを言う間にも、僕は同じでない。細胞レヴェルでも、分子レヴェルでも、それは明白だ。
 もっと単純に、僕が今、死にかけていると想像したなら? 僕は現状に留まれない。病状は刻々と悪化し、血圧が下がり、心拍も弱くなって、結局、僕は終わりまで言い果せることなく、最後の究極の変化を──つまり死を──迎えることになるだろう。
 たった一行の文章の中でも、人間は変化しながら生きている。
 こうした考えに、果たして人は、耐えられるのかどうか。──
 今、玄関先で見送った幼い子供の姿は、もう二度と見られない。学校から戻ってきたその子は、朝と似た、しかし、微かに違った存在なのだから。
 僕たちは、その違いが随分と蓄積されたあとで、ようやく感づくのが常だ。
 本一ページ分のインクの量を、僕たちは決して感じ取ることが出来ない。
 しかし、一万冊分の本のインクなら、身を以て実感するだろう。
 変化の重みには、それと似たところがある。勿論、目を凝らせば、その微々たるインクが、各ページに描き出しているものこそは、刻々たる変化だ。

 人間だけではない。生き物も風景も、一瞬ごとに貴重なものを失っては、また、入れ違いに貴重なものになってゆく。
 愛は、今日のその、既に違ってしまっている存在を、昨日のそれと同一視して持続する。
 鈍感さの故に? 誤解の故に? それとも、強さの故に?
 時にはそれが、似ても似つかない外観になろうとも、中身になろうとも、或いは、その存在自体が失われようとも。──
 それとも、今日の愛もまた、昨日とは同じでなく、明日にはもう失われてしまっているのだろうか?
 だからこそ、尊いのだと、あなたは言うだろうか。

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続く、第一章「〈母〉を作った事情」は、5月19日(水)noteにて公開いたします。

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平野啓一郎の最新長篇『本心』5月26日(水)の発売に向けて、予約受付中! 発売日に確実に手に取っていただけますよう、お馴染みの書店さん、電子書店さん、Amazonをチェックいただけましたら幸いです!

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「平野啓一郎 公式メールレター」でも『本心』先行配信をお届けしています。noteでの公開を待ちきれない方、ぜひこの機会にご登録ください!

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