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平野啓一郎|小説『マチネの終わりに』後編

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平野啓一郎のロングセラー恋愛小説『マチネの終わりに』全編公開!たった三度出会った人が、誰よりも深く愛した人だった―― 天才ギタリスト・蒔野聡史、国際ジャーナリスト・小峰洋子。四十…
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2015年12月の記事一覧

『マチネの終わりに』第八章(22)

「でも、一生懸命なマルタは、かわいそうじゃないですか?」 「マルタはかわいそうね。……で…

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『マチネの終わりに』第八章(23)

 自らは無信仰であるにも拘らず――いや、むしろ、人生で何度か、信仰へと強く引き寄せられた…

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『マチネの終わりに』第八章(24)

「洋子さん、知らないと思いますけど、二人でここまで辿り着くのは、言葉に出来ないくらい大変…

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『マチネの終わりに』第八章(25)

 確かに、蒔野のコンサートには、行くべきではないのかもしれなかった。そして、離婚前後から…

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『マチネの終わりに』第八章(26)

 洋子は、早苗が否定しないのを見て、目を閉じ、現実の世界から落剥してしまいそうな繊細な震…

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『マチネの終わりに』第八章(27)

 そして、洋子はもう一度、心の中で呟いた。――なぜなのかしら?……  早苗に尋ねたいので…

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『マチネの終わりに』第八章(28)

 回を重ねるにつれて、蒔野も尻上がりに調子を上げてゆき、その分、武知とのバランスには気を遣った。彼の個性を受け容れるだけでなく、折々鼓舞し、終演後にも気になる箇所を確認し合った。ラヴェルのピアノ協奏曲のアダージョはプログラム前半の最後に置いて、武知をひたすら盛り上げることに徹したが、休憩時間には、蒔野の柔らかな、それでいて、要所でさりげなく旋律の背中を押すような伴奏の巧さが、却って評判となったりした。  ツアーが始まった頃、武知は、とある音楽愛好家のブログで、彼らのデュオが

『マチネの終わりに』第八章(29)

 勿論、それとて「感想は感想」だった。ところが、野田は、たまたま岡島に用事があってそのデ…

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『マチネの終わりに』第八章(30)

 自分の音楽を待っていてくれた人々には、強く心を動かされた。そして、自分の音楽の場所を、…

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『マチネの終わりに』第八章(31)

 身重の早苗は、先に部屋に戻った。蒔野はそれから、グローブの野田らと、ホテルのバーで一時…

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『マチネの終わりに』第八章(32)

【あらすじ】リチャードと離婚した洋子は二〇一〇年夏、今は蒔野の妻となって妊娠中の早苗に再…

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『マチネの終わりに』第八章(33)

 「うちはオヤジが山形の仏壇職人で、兄貴が後を継ぐはずだったんだけど、なんか、色々あって…

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『マチネの終わりに』第八章(34)

 どんなに地元で褒められても、東京に行ったら、もっとすごい人がいるに違いないって思ってた…

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『マチネの終わりに』第八章(35)

 「でも、コンクールで演奏聴いて、度肝を抜かれちゃって。そのあと、蒔ちゃんは、パリ国際でも優勝して、どんどん活躍していって。……」  武知は、笑顔の名残を残したまま、頬を強張らせて蒔野を見つめた。蒔野は、経験的にその一瞬の間を知っているような気がした。 「僕はずっと、蒔ちゃんのことが、本当に嫌いだったんだ。とにかく、……嫌いっていうか、存在自体が耐えられないっていうか。もうなんか、ある日、急に死んだりしないかなとか、消えていなくなってほしいとか、……思ってた。蒔ちゃんのこ