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バンドとレーベルと仕事のはなし

多分20年前から知っていたし、これまで一緒に仕事をしたこともあったけど、本気でやり合ったことはなかった。

コロナ禍になってからくらいだろうか。ネット越しで、むこうからやたらと話しかけてくる様になった。僕もなかなか面倒臭い奴なのだけど、彼も負けず劣らずに面倒臭い。でも明らかにこれまでの20年と違って、ある時から向こうから一歩踏み込んできた。僕もそれに応じるのが誠実な対応だと思って、日本に来た時に会って話をしたら、あっという間に長い長い言い争いになった。1時間くらいして「平野さんさ、俺のことめんどくさいっていつも思ってるだろ?」と言われたから「思ってるけどさ、でもなんか最近僕に対する距離感変えてきただろ?なら逃げないでチューニングしようと思ったんだよ」と正直に言った。そしたらびっくりするくらい一瞬で穏やかな表情になって「そっか、ありがと」って言われた。

その瞬間まで、面倒なのは彼の方だと思っていたけど、真っ直ぐにぶつけてきているだけなのだと気づいた。面倒なのはお互い様でそこはノーカウント。それよりも不真面目で不誠実なのは、なんと僕の方だったのだ。

ごめん、て思った。

こっちの人格を信頼してぶつかってきてちゃんと話をしようとしていたのは彼で、上っ面しか見ないで話の枝葉の「めんどくささ」にばかり反応して話をグルグルさせて本質から遠ざけていたのは僕だったのだ。

昨日、僕からお願いをして呼び出した。

お互いに「チューニングしようぜ」と同じ様なことを言うと、あーでもないこーでもないと僕らは意見交換しはじめた。しばらくして、お互いに音楽業界にそれなりに詳しかったので、「社会的バンド」と「社会的レーベル」というアナロジーで話せばいいことに気づいた。「それはメロディの話?楽器のパートの話?」「いや、まずコード進行だけ決めたらインプロでやっちゃおうぜって話」とか「あのさ、それって単にライブハウス決める前にまずスタジオノアを予約して集まってみるのが先じゃん?」「いや、まず飲みに行くだろ」など、はたから聞いていたら何のことか分からないだろうけど、僕らはかなりずれずに話をする方法を見つけた。チューニングできていた。

しばらく続けていると、狩猟採取時代の話になった。それもチューニングの一部で、あーじゃないこーじゃないと話しているうちに、「俺たち数十万年前に洞窟の中でもあったことあるよな」とふと思った。口には出さなかったけど、「再会した」という不思議な感覚があった。

すると佐分利は言った。

「俺たちさ、生まれたときにすべてリセットかかっちゃってるじゃん。それでそれぞれが進化の歴史をもう一度やるんだよな」。あはは、中老と同じこと言ってる。

そのあと、お互いが大切にしてる人たちの名前をあげて、そいつらの話をした。案件の話なんて一切しなかったけど、そのあとに「よし、じゃあ久しぶりに仕事してみるか!」とふたりで席を立った。

長居ができるからと選んだミッドタウンのリッツカールトンのラウンジが、太古の洞窟と重なって見えて、タイムトラベラーの様な気持ちになった。多分俺たちの様なやつはいつの時代もどこにでもいて、同じようにめんどくさくて、でもなかなか噛み合うところまで行かずにすれ違うんだろう。だけど僕らはたまたまタイミングが来たらしく、バンドを組んだり、レーベルを立ち上げたりする所まで行けるかも知れない。そしたらかなり面白いだろうな。

それはとても幸運なことだと思った。タイミングってなかなか合わないから。そのあとスタバに移って一緒に仕事をした。仕事の打ち合わせは最小限の言葉しか交わさず、30分とかからなかった。

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