見出し画像

わたしにとってカメラとは

2000年の10月から2001年の1月にかけて、
ピースボートに乗って第31回地球一周の船旅に出たのです。
ヨドバシカメラ横浜駅前店で100万円以上を全部つぎ込んで、
人生を変える旅でした。
それまでの私の28年の人生で、私は海外に行ったことがないどころか、
飛行機にさえ、乗ったことがありませんでした。
私が生まれて初めて飛行機に乗ったのは、誇らしくも中米パナマ(パナマ因運河のあのパナマ)からペルー、リマの間。とてもマニアックですね。

2000年10月なかば。船は東京・晴海港を出港しました。

晴海の陸上では多くの方々が出航する私たちに手を振ってくださいましたが、わたしを見送る人はいません(笑)

私は長らく就職が決まらず、
「日本に置き忘れてきたものは何もない」
という境地で船に乗りました。

英語も大してできないくせに、
「インドかエジプトで、いい働き口があったら、住みついてしまっても構わない」とも思っていました。

そんなわたしのカメラマンとしての人とのかかわり。

忘れもしません。

それは最初の寄港地である台湾から始まりました。

観光で訪れた台湾・故宮博物院。

その入り口の階段のところで、台湾人の中学生かな、高校生かな。
女子のグループがいました。
その子たちに話しかけて、
(中国語は2語くらいしか話せないので、日本語だったのか英語だったのか)

よくあるピースサインの集合写真を撮らせてもらいました。

「写真を撮るという名目で人に話しかける」ということ。

それによって、「カメラは買ったものの撮るものがない」という父の欠乏感を払拭すること。

この1枚から、わたしの「カメラマンとして人に関わっていくこと」がはじまったのでした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?