「またね」

 虫捕り網と虫かごを買った。お子にとっては念願である。好きな虫はバッタ。この季節、バッタはまだいないことを母はなんとなく知っているが、お子は「バッタいるかな」と期待に胸を膨らませている。

 5月に入り、日差しが夏のそれになった。暦の上では立夏を過ぎ、このあと梅雨を経て本格的な夏へと突入していく。母にとっては暑くてうんざりする季節だが、虫捕りが大好きなお子にとっては最高に楽しい時期だろう。

 公園横にはクローバーが群生し、親子が花輪をつくっている。両親とお子よりも小さい子どもが二人。「うちのお子はこんな風に静かに座って花輪づくりを楽しんだことなど一度もないな」と思う側から、お子はそちらに見向きもせず、脇にある茂みの方へと駆けて行った。

 小脇には虫かごを抱え、手に持った虫捕り網で草を抑え、様子を探っている。無言で真剣な眼差し。そこにヒラヒラと舞うものがあり、瞬時にお子は網をかぶせた。捕れたらしい。「ママ、むしかごあけてー!」

 虫かごの中を舞うそれはどう見てもガだった。普段私は見向きもしないし、どちらかというと忌み嫌っているものだが、お子はうれしい様子。虫かごを上にあげて透明なフタ越しに捕らえたガを見ている。

 次の獲物はモンシロチョウ。これまたすぐに捕れた。網で捕らえて、指で掴み、虫かごへ。「あまり触ると死んじゃうよ」と私はモンシロチョウのことが気が気じゃないが、お子の耳には入らない様子。

 そのあとしばらく何も捕れず、私も日陰に行きたかったので何度か場所を変えた。結局その日捕れたのはガとモンシロチョウにテントウムシの3匹。やっぱりバッタはいなかった。お子は「おうちに持って帰りたい」と言ったが、「放してあげようね」と最後には自然に戻して帰った。

 帰る間際、散歩に来ていたおばあさんと白い大きな犬に出会った。「今日は暑いですね」と言葉を交わす。お子は犬の方を見、近づいていきたそうにしてる。「ごめんね、このわんちゃんはおばあさんだから、そっとしておいてね」とおばあさん。じっと犬を見つめるお子に「『またね』しよう」と声かけする。

 出会ったばかりの、知らない人や動物と交わす「またね」。虫たちにも「またね」だ。いい言葉だな。

 今年はこの虫取り網と虫かごをどれだけ活用するだろうか。どんな虫と出会い、その過程でどんな人や生き物とどんな言葉を交わすだろうか。楽しみだ。


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