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怪獣プール

 とある休日の夕方、とつぜんお子が「なにかつくる!」と言い出した。部屋の隅にまとめて置いていた段ボールをわしっと掴み、はさみを片手に切り出す。お子の左利き用はさみだ。

 「ママ、テープちょうだい!」テープをしまっている場所からは遠くにいてすぐに動かない私を待ちきれず、お子は自分でガムテープを探し出してきた。ガムテープがある場所を教えた覚えはないのだが。

 段ボールとハサミ、ガムテープ。彼は無心に何かをつくりはじめた。それまでついていたテレビも消えたし、お子が「ママ、ママこっちにきて」と呼ぶこともない。私にとってようやく訪れた静寂の時間だ。ここぞとばかりに私は自分の時間を過ごす。何分自由に過ごせるだろうか。

 ところが。30分が過ぎ、1時間が過ぎても、工作が終わる気配はない。部屋にはベシッというガムテープをちぎる音と、段ボールが触れ合うガサガサという音だけが響き渡る。そろそろ夕飯なんだけどな。

 「ごはんだよー」と声かけしてみる。「ママ待って!」と応答はあったものの、手は止まらない。目線は外れない。

 工作経過から2時間が経過。「お風呂だよ~」と声かけしてみる。様子は変わらない。時刻はいつもお風呂に入る時間を過ぎている。2時間半が経過。さすがに私は驚いて、そしてあきらめた。今日はもう遅くなっていいや。

 その直後だった。「できたー!ママできたよー!怪獣!プール!」

 怪獣でありプールであるのだろう。彼の中では何か壮大な世界が広がっているに違いない。

 そう、彼は今よりずっと幼い頃からそうだった。彼の視点で世界を見てみたい、といつも私に思わせてくれた。その輝く瞳には世界がどんな風に映るのか。どんなに美しく、愉快で豊かな世界を彼は持っているのだろう、とついいつも思ってしまう。その一端をこうしてときどき私にも共有してくれる。お子、いつもありがとう。

 できあがった作品は確かに大きなもので、いくつものガムテープが張り付けてあったが、少し触れると壊れてしまった。しっかり固定し、簡単には壊れないものをつくる日がそのうちやってくるのだろう。そう遠くない未来に。お子とどんな世界を共有していけるのか、心から楽しみだ。

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