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「だれでもいつでも来ていいよ」 宮崎市で無料のプログラミング教室を開く伊藤陽生さんに聞く

ちょうど1年ほど前に書いたこちらの企画。宮崎市でシステム開発会社「伊藤製作所」を経営する伊藤陽生さんが快くインタビューに応じてくださったものを、お蔵入りにしちゃっていた私ですが(伊藤さん、ほんとうにすみません)、今回ようやく公開にこぎつけました。

子どもたち向けに「無料」でプログラミング教室「コーダー道場宮崎」を開いている伊藤さん。どんな考えのもと、どんな場を開いているのでしょうか。伊藤さんのインタビューをお届けします。

中学時代、九州の田舎町で「プログラミング」と出会った

伊藤さんの似顔絵

ーー「コーダ―道場宮崎」の紹介をお願いします。

伊藤陽生さん(以下、伊藤):私は宮崎県高千穂町という田舎町で育ちました。子どものころは、将来の未来図がまったく見えなかったです。今にして思うとロールモデルになる大人がいなかったということだったんだと思います。でも、中学校に入学したころに、東京のおじさんが「パソコンというものがあるんだよ」と教えてくれました。その時に、おじさんからパソコンの雑誌を1冊もらったんですけど、それがものすごくおもしろかったんです。

その雑誌は、「プログラミングというものがある。それを使うと、パソコンの画面に出てくるものを、自分で好きなように制御したり計算したりできるんだよ」という内容だったと記憶しています。インターネットはすでにありましたが、それほど普及していなかった時期のことです。それで私がパソコンに興味を持ったので、おじさんが今度は本をどんどん送ってくれるようになりました。

ーーおじさんの存在が大きかったんですね。

伊藤:そうですね。たまたま要らなくなった本を1冊くれただけだったのかもしれないけれど、教育とはそういう側面を持っているものなのかなと思っています。先生が全て教えるのではなくて、「こんな道があるよ」とチラ見せしてあげたら、好きな子は食いついてきますよね。

当然、全員がそこに進むわけではないです。「プログラミングが大切だ」とよく言われますが、だからと言って世界中の全員がそれをやるわけじゃないですよね。それに合った子がその道に進むことができるのが一番です。

でも、家庭環境などの事情で、パソコンのない環境にいる子でも、遊びに来たら、「こういうことができるんだ」「ここから入っていけるんだ」ということが見えるような世界がつくれたらいいなと思ってはじめました。誰かに教えることをやってみたいという想いが漠然とありました。

コーダー道場は世界的なネットワークなんです。教育の機会がない貧しい子たちにも、パソコンに触れることのできる場をつくろうという理念に賛同した部分もあります。

でも、現実では、そういう子たちには私はまだリーチできていないです。機会がない子たちはそもそもこういうイベントにも来ることができないという部分もあるのかなと思っています。実際には、アンテナが高い保護者さんのお子さんで、「この子は放っておいても大丈夫です」という子が多いです。

ーー保護者さんが連れてこられるんですね。

伊藤:基本的にそうですね。そこを改善できたらいいのかなと思いつつ、そこまでは動けていないような状況です。仕事が忙しいというのを言い訳にしているんですけど……。ずっとオープンにして、「だれでもいつでも来ていいよ」という姿勢で続けていれば、いつかはだれかの役に立つこともあるかもしれないなと、淡い希望のもとにやっています。

ーーそういう理由もあって、無料にしているんですね。

伊藤:そうです。これはコーダー道場の大元の理念で、参加者である子どもたちと保護者からはお金をもらってはいけないということになっています。そのルールを守って場所をオープンしている人たちだけが「コーダー道場」を名乗っていいということになってます。有料の教室では「コーダー道場」という名前を使ってはいけないです。

ーー無料ということのほかに、何かルールはありますか。

伊藤:年齢の条件はもちろんあります。大人に教える場ではないので。小学生から中学生か、大きくても高校生が対象です。高校生になると、生徒に「先生をやってください」とお願いしたりもします。年齢くらいですね。ほかに制限をつけてはいけないというのが制限になっています。お金があってもなくても来れるし、とにかく学びたいという意思さえあればOKです。

自分でつくりたいものを見つけて、自分でつくる

教室の様子

ーーカリキュラムやテキストがないとホームページに書かれていたんですけど、どんな感じでされているんですか。

伊藤:これは道場によってまちまちかなと思います。その日の課題を用意しているところもあると思います。道場によってぜんぜん違うことやってるところもあるんですけども、あくまでコーダ―道場宮崎としては、「スクラッチ」というWebブラウザで立ち上げができる開発環境で、それを使って何かつくってみましょうというのをやっています。カリキュラムがないのは私のこだわりで、「好きなことを自分でつくる場にしましょう」という設定にしていますね。

スクラッチ

ーー好きなことを自分でつくる。

伊藤:そうですね。自分で何かつくる。その何かは自分で見つける。日本の教育はすごくよくできていると思っています。その部分は何かというと、指示を待つスタイルをつくることに関しては完璧なんです。指示が与えられるとそれを的確にこなすという能力を鍛える意味では、最高の教育機関が揃っているんじゃないかなと思っています。

当然、受け身の人も必要ですよね。みんなでやると決めたことについて、その意義に立ち返るのも大事なんですけど、毎回立ち返っていたらどこにも進めないです。だから1回決めたらどんどん進む。たとえば、「これは宿題です」と言われたら全部やり遂げるという能力は当然大事ですけど、そればかりになってしまっていて、行き詰まっているところは今の社会にあるのかなと思っています。みんなが指示待ちで、みんなが上から降ってくるのを待っているんじゃなくて、自分で何かつくりましょうというところを意識したいなと思っています。

ーー子どもたちの中で、「自由につくっていいよ」と言ったら戸惑う子はいますか。

伊藤:最初は戸惑う子の方が多いと思います。でも最初の数分くらいですね。そこから何かしら見つけて手が動きます。動かない子もいますけど、そういう子にはこちらから「こんなのあるよ」とサンプルを見せて、ヒントを出すようにしています。

最初は真似でいいんですよ。そこも日本の教育と少し違うかもしれないですね。でも日本でも「守破離」と言いますよね。最初はひたすら真似するところから始めて、それがつまらなくなってきたら、自分なりにアレンジして、その次にほんとうに自分の好きなものをつくるという段階を踏みます。それが普通なので、最初から何も作れなくても当たり前です。最初は真似をしましょう。

スクラッチのおもしろいところは、「リミックス」というボタンがあることです。これは何かというと、人がつくったものをコピーするボタンです。普通は「コピーは駄目だ」と言われるんじゃないですか。だけど、この世界はコピーOKなんですよ、どんどんコピーしましょうと。そのコピーを自分なりによくするには、どこを書き換えるか、という話です。

人のものを土台にしてもっといいものをつくると、それがまた公開されて、それを基にしてまた誰かがいいものをつくるわけですよね。そうやって社会は発展してきたはずなんですよ。科学もそうだし、すべての技術を自分で本当に1から作るなんて絶対無理ですよ。誰かがつくったものがあって、それをさらに良くして広げることで良くなってきたという仕組みを体験できます。

ーー卒業論文も先行研究を調べてからやりますしね。

伊藤:その先行研究に対する一定のリスペクトのとり方があるじゃないですか。完全にコピーは当然駄目だけど、先行研究を土台にして、ここを追加しましたということがちゃんと言えて、参考文献に載っていれば、それは立派なリファレンスですよね。そういう部分も学べるようになるのかな。

さまざまな子どもがいるなかで、自分のできることを見つけていく

教室での発表の様子

ーー子どもたちの中に、少し戸惑う子もいるという話だったんですけど、けっこう早い段階から夢中になっていくんですか。

伊藤:そういう子が多い気がします。夢中になる度合いはいろいろですけど。たとえばスクラッチだと、ゲームのキャラクターをつくるためにお絵かきができるツールがあるんですね。そのお絵かきにばっかり夢中になる子もいるし。すぐ脱線して違う誰か別の人がつくったゲームのプレイを始めてそっちに夢中になる子もいるし。いろいろではあります。

でも何人かに1人は「おっ」と思うような理解力を示しますね。レベルの高い子もいれば、まだマウスやキーボードを使うのがやっとという子もいるし。そんな中で自分のできることを見つけていきます。

ーーいいですね。横並びで比べるわけではなくて、本当に自分のしたいこととかできることに専念できる環境なんですね。

伊藤:そんなふうにしたいなと思ってます。実際はもっと気楽にみんな集まって、何かつくってるというだけではあるんですけどね。おもしろいゲームを見つけてそれでプレイしているときが一番やっぱり盛り上がっています。でも「今度はそういうのを自分たちでつくろうよ」とモチベーションを上げていけばいいのかなと。そういうときに大人が役割を発揮します。

メンターはプログラミングができなくてもいい

教室で使うマイコンボード「IchigoJam」とその周辺機器

ーーホームページにメンターも募集していると書いてあって、専門知識がいらないとも添えてあったと思うんですけど、実際そのメンターと呼ばれる大人の人はいらっしゃるんですか。

伊藤:今は定期的に来られるような方はいないですね。メンターにプログラミングができるとかできないとかは関係ないと思っています。というのも、やるのは子どもたちで、子どもたちがそれ以前のところで困っていないかとか、道具が揃っているかとか、子どもたち同士で喧嘩を始めてしまわないかとか、そういうところを見ておいてくれる大人の目があるだけで十分かなと思っています。

ーー環境を整えてあげるという感じですかね。

伊藤:そうです。みんなが座って何かをつくるという雰囲気をつくります。そこだけ準備すればいいんじゃないかと思っています。今はいないんですけど、昔高千穂で担当してもらっていた人がいます。その人もプログラミングにはぜんぜん詳しくないんですけど、でも自分の息子に何か身につけてもらいたいということで、定期的に開催していました。私もときどき行って、私がいるときは少し違うネタを教えて、「こんなこともできるよ」とやってみていましたね。その時は小学校のパソコン室を借りていました。

ーー今は伊藤さんの事務所でやってるんですよね。

伊藤:はい。でもこれは別に私が占有している名前とかじゃないので、たとえば延岡でもやりたいならば「コーダー道場延岡」を立ち上げて、本部に申請書を1枚書けば、「はいどうぞ」と登録してくれます。

どなたでも一度は来てほしい

教室でものづくりを楽しむ子どもたち

ーー子どもたちと接していて伊藤さんはどんなことを感じますか。

伊藤:いろいろな子がいるなと思います。正直プログラミングは向いてないなと思う子もいるわけです。あんまり興味が持てない感じで、ずっと座っているのもしんどいと。でもそういう子でも1回迷い込んできてもらって、こういうことに一生懸命になる子もいるんだと、一瞬でも見とけば、何か違うんじゃないかな。

自分も体育会系の世界などチラチラ見てきましたけど、ここでは絶対生きていけないと思いました。でもそれを知っていることで、世の中にはいろいろな人たちがいるんだとわかるから、そういう意味では、だれでも1回は来てよという感じで、いいのかなと。世界中のみんながプログラマーになっちゃったら大変だから。

ーープログラミングができるようになる以外にもその子たちが得るものにはどういうものがありますか。

伊藤:ヨーロッパの方で生まれた仕組みっていうのもあるんですけど、楽しいこととか、興味のあることは自分で見つけるのがほんとうだよねと気づいてもらえるといいのかな。「これをしなさい」じゃなくて、「これをやってみよう」と自分たちで見つけるような場ができるといいかなと。そういうのに少しでも向き合う時間になれば。

インタビューを終えて

筆者には現在小学2年生の息子がいます。先日、某企業のプログラミング教室を無料体験し、スクラッチで遊びました。息子は心から楽しそうにしていて、入塾も検討したのですが、月謝が高くて断念しました。

伊藤さんはご自身が子どものころにプログラミングにワクワクした想いを原体験に、どんな子どもでも機会があるようにと無料で教室の運営を続けています。本業のかたわら教室をずっと続けることは並大抵のことではないと私は思います。

プログラミングがその子に合うかどうかはやってみないと分からない、「だれでも1回は来てよ」と話す伊藤さんの教室・コーダ―道場宮崎に一度遊びに行ってみませんか。大人のメンターも募集中です。お問合せはこちらからどうぞ。

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