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消えた「ほぼトラ」。トランプの健康状態は       【エイミー・ツジモトが読むアメリカ⑩】

日本国内でも注目されている米国大統領選挙。”同盟国”の動向は大きな影響を与える。米国内の報道・政界関係者と日々、情報交換を欠かさない国際ジャーナリストのエィミー・ツジモトさんに、アメリカの今について聞くシリーズの10回目。引き続き、大統領選を読み解いていく。(8月17日にインタビュー、約4500字)



消えた「ほぼトラ」


平井 アメリカ大統領選ではトランプの勢いが失速していますね。米国内の世論調査でもカマラ・ハリスが上回っています。

エィミー 数週間前までは「ほぼトラ」とまで言われていましたが、ウォルツ(Tim Walz)が副大統領候補に指名されて以降、ハリスの勢いは増していますね。ハリスの集会に参加する人も増えています。それまではトランプとヴァンスの集会に参加する人数のほうが多かったんです。
 また、ここにきてトランプの支持者に対する分析も出ています。

平井 どのような人たちがトランプを支持しているのですか。

エィミー トランプの演説を熱心に聞いているほとんどが中高年の白人だという分析です。なぜそうかというと、昔の「古きよきアメリカ」の夢を見たいからです。中南米から移民がアメリカに来ているのは彼らにとっては大変な脅威です。


8月18日の集会。1時間30分ぶっ通しの演説をした.
トランプの公式ツイッターより。
https://x.com/realDonaldTrump/status/1824988683667145046

キャンペーンスローガンを読み解く


平井
 移民2世であるハリスなどはまさにそのような脅威となる存在なのでしょうね。アメリカではかつては9割を占めていたアングロサクソン系は2060年には5割を切るという人口推計もあります。多分そうなるでしょう。ハリスは近未来のアメリカ国民のシンボリックな存在とも言えそうですね。

エィミー その中南米の移民以上に黒人の人権運動によって、アメリカ国内では白人の優位性が失われつつあります。
 そのような中で、トランプとヴァンスは白人であり、男性である。年寄りの白人にとっては、古きよきアメリカを思い起こさせる対象の人たちというわけです。

平井 熱狂の裏側にはそのような思いがあるのですね。勢いがあったヴァンス効果は薄れてきましたか。 

エィミー ヴァンスはラストベルト(錆びついた工業地帯)の極貧家庭から副大統領候補まで来た、白人のアメリカンドリームの象徴でした。それで政治家として希望を与えようとしたのですが、やはり無理が出てきています。かつてトランプを批判して好感度を獲得していたのに180度変わってトランプ支持者になってしまった。それはあからさま過ぎます。
 またハリスには白人のウォルツが副大統領候補として入ったことも、トランプ陣営にとっては逆風ですね。

平井 トランプとヴァンスのコンビの売りである「白人男性」が弱くなった。ウォルツは白人だけどはユダヤ系ではないから、親パレスチナ層の若者の受け皿にもなりうる。

エィミー ハリスの支持者を見てみると、圧倒的に若者が多く、それは人種を超えています。白人、ジューイッシュ(ユダヤ人)もいれば黒人もいる。さまざまな人種のるつぼから支持者がいます。永住権があるけども選挙権がない米国民の草の根の支持も出てきている。ハリスは母がインド系で、父親はジャマイカ系である。インド系もジャマイカ系をハリスを基本的には支持するでしょう。とはいえ、人種が同じだからと言ってハリスを支持するわけではありませんよ。
 ハリスは「 not going back」をキャッチフレーズにもしています。「古き良きアメリカは戻ってこない」と強く言っています。

平井 テイラー・スイフトの「we are not going back togther」にひっかけているっぽですね。テイラー・スイフトの大統領選での立場は不明ですが、スイフトのファン(スイフティーズ)は、ハリス支持者が多いことは確かでしょうね(下はハリス支持で知られるスイフトファンのX)。

エィミー バラク・オバマは大統領に立候補したときに「Change」「 You can」とキャッチフレーズを掲げて、私達はそれに乗せられました。蓋を開けてみれば、オバマは大企業の手先でした。それで国民の間では失望を生みました。
 そのような失敗の経験をハリスは生かしたのかはわかりませんが、トランプの言うような「古いアメリカを思い起こそうとしても無理だ、これから違った変革でアメリカを立て直す」というニュアンスを出しています。
 今や、女性の中絶を禁止し、同性愛者や黒人を差別するトランプとハリスの主張は完全に分岐しています。これらの問題はアメリカが抱えてきたジレンマですが。この時代にきてアメリカは本当に分かれ道にきていると言えます。昔に戻すのか、前に進めるのかという分かれ道です。
 トランプとハリスのキャンペーンのスローガンの背景になにがあるかを日本人も理解したほうがいいでしょう。

平井 トランプはアメリカの分断を生んだと指摘されてきましたが、トランプが分断を生もうが生むまいが、アメリカは社会的に分岐に来ていたと私には思えますね。時代というのは巨大な客船のようなもので、抵抗はできるが、戻りようがないのではないでしょうか。

トランプのXより。ハリス批判を次々に投稿。相変わらず民主党への批判は「社会主義者」。
https://x.com/realDonaldTrump

トランプのあせり

エィミー ハリスのポイントがあがってきたことで、トランプ側にはあせりが現れています。カマラ・ハリスに対する誹謗中傷はボルテージが上がっています。

平井 トランプのXはひどいですね。2009年に民主党に政権交代したときに、民主党政権に謀略的な批判ビラが出回りましたが、よく似ています。追い込まれると体質というか知性が出ますね。

エィミー トランプ陣営は、ウォルツも極端に左よりだと批判しています。ウォルツのことをバーニー・サンダースが素晴らしいとほめていることもあります。トランプはアメリカ史上、もっともウルトラレフトだと言っています。
 ただ、ウォルツはあまり敵がいないんです。彼の政治的手腕に対しては左右を超えてリスペクトがあるんですね。

平井 それを聞いて、2022年に亡くなりましたが、沖縄の照屋寛徳(元衆院議員)を思い出しました。左派と保守を超えていたというか。

エィミー ウォルツはナンシー・ペロシも強く支持しています。ペロシは民主党の重鎮でとても力があります。今やウォルツは選挙戦の目玉になっています。

平井 日本ではそこまでは認識されていないかな。

エィミー ウォルツの地盤である中西部は大票田であり、白人労働者階級も多いですし、その地域でウォルツは労働組合とも強い関係をもっている。民主党としてはウォルツのテコ入れを期待していますが、これからどうなるか。
 副大統領候補者として10月にヴァンスとウォルツが直接対決することになりましたが、この日程はあまりに大統領選投票日の直前過ぎるでしょう。ヴァンスにはそれほど準備期間必要だということです。

tiktokで73万人のフォロワー。日本でいうカワイイおじさんという感じらしい。https://www.tiktok.com/@timwalz


平井 8月17日にはカマラ・ハリスがいくつかの経済政策を発表しました。子どもがいる家庭への90万円減税、住宅補助金2・5万ドルの補助、食品価格を釣り上げている業者の取り締まりなどです。生活者視点がうかがえます。

エィミー 物価高に歯止めをかけたり、家を手に入れられるようにしたりして、若者に希望を持たせるようにしています。ウォルツを副大統領候補に持ってきたことで、底辺の人たちに民主党も配慮せざるを得なくなっている。

トランプの健康状態は


平井 自民党の総裁選でもそのような政策を掲げてもらいたいものだ。
 そういえば、トランプの体調がすぐれないと言われているそうですね。確かにトランプは一時期、X(旧ツイッター)でもカマラ・ハリスを批判する動画を配信しまっくたり、イーロン・マスクと音声会談や、マスクと2ショットで踊るAIで作った動画を配信したり、数日間、姿を見せていませんでした。時間稼ぎをしていたとも思える。謎です。

苦肉の策だったのか? トランプの公式Xより。

エィミー 8月18日には久々に姿を現して1時間30分の演説パフォーマンスをしましたけどね。
 トランプは自身の体調が問題がなければ問題はないと表明しなければならない状況にあります。だって、あれだけバイデンを呆けているなどと批判したんですから。バイデンの劣化ぶりをさらけ出してバイデンを追い出した張本人なんですよ。
 もちろん、トランプにも寄る年波があります。不摂生もあるでしょう。決して健康上に問題がないとは言えない。かりに心臓などに問題があるならば、そう正直に、堂々と言えばいいんです。それで候補者から引きずり落とそうという話ではないんです。バイデンもトランプもお互い老齢の候補者だった。健康問題があるから、そうしてバイデンは自ら引き下がったわけです。
 このことについて、今週、このままではきちんと報道ができないとキャリアのあるフリーランスのジャーナリストや研究者たちがトランプに迫る動きがありました。トランプにきちんと健康状態について回答する申し入れをして署名活動までしていました。

平井 アメリカのジャーナリストのそのような動きには納得するものがあります。
 2011年東日本大震災のときを思い出します。東京電力福島第一原発事故後、東京電力の経営トップである清水正孝社長がすぐに記者会見に出てこなくなって、副社長などが対応するようになった。市民からはふざけるな「清水出てこい」などと抗議活動も起きていました。このとき、日本のメディアの追求はぬるかった。かりに病気であるならば仕方ないという空気だったんですね。
 だけど一緒に福島県を取材した「ワシントン・ポスト」の記者が仮病ではないかとめちゃめちゃ怒っていて、自宅マンションまで押しかけたりして、「ワシントン・ポスト」でも記事を書いた。このことで、ようやく社長の代わりに勝俣会長が出てきて記者会見が実現したんです。あのときに日米の記者の行動力や視点の違いを痛感しました。トップに対する説明責任を求める姿勢と言いますかね。

エィミー 形の上ではアメリカのメディアはまだまだフェアだと思います。
アメリカの報道陣にはジャーナリズムの矜持を感じます。アメリカの危機を想い、CIAの重職にいた人物も、自らの危険を顧みずジャーナリストになって内部告発をしていたりします。マスコミというのはチープな表現ですがが、報道に携わる人間は表面的な知識をばらまくことを止めて、何を報道するのかを謙虚に考えるという姿勢に立ち返るときですね。

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