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ユニコーンは見たことあるので

  21年生きてきて、結構たくさんのものを見たと思う。

 うちには絵本と図鑑が山ほどあった。あと、恐竜のフィギュア。小さい頃はテレビをあまり見せてもらえなくて、キャラクターものは4歳で幼稚園に入るまでほとんど知らなかった。その代わり、絵本で見たから千葉県民だけど雪の日の遊びかたを知ってたし、フランスの街並みも知ってた。

『マドレーヌといぬ』
ルドウィッヒ・ベーメンマルス作・画 瀬田貞二訳

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『ゆきのひ』
エズラ・ジャック・キーツ ぶん・え きじまはじめ やく

 わたしたち姉弟3人がみんなしっかり歩けるようになると、ママは沢山の「本物」を見せるためにいろんなところに連れて行ってくれた。雪だるまは思ったようには作れないことを知ったし、パリに行って絵本と比べて間違い探しもした。

 家の外の世界に触れるとき、わたしは絵本のなかで知ったものと、本物のそれを比べてた。わたしが何かと初めて出会うのはいつも絵本や図鑑のなか。小さいときから沢山読んでもらったり読んだりした絵本や図鑑が、わたしの、ものと出会う場所だった。

 だからわたしは、初めて本物のものと出会うときいつも、「思ったよりも暖かい」とか「思ったより柔らかい」という感想を持った。パリのルーブル美術館で初めて本物のモナリザを見たときも、「思ったより小さい」とだけノートに書いた。天下のモナリザを実際に見て、他に思うことはなかったんだろうか。わたしのなかのモナリザは写真で見たモナリザで、本物よりも先にわたしのなかに鎮座していたから、本物を見ても、「思ったより」を頭につけないような、純粋な感想は浮かばなかった。

 そう、いつも間違い探しだった。本物のモナリザとの初対面でさえ!!!!!

 「いつも間違い探しで少し残念だな」と初めて思ったのは弟が初めて電車に乗ったとき。よく覚えてる。わたしたちがまだ小さい頃は車移動がほとんどで、電車に乗った記憶はあまりない。弟が電車デビューをしたのは4歳、わたしが7歳のとき。

 うちには電車のおもちゃは一つもなくて、弟は毎日飽きることなく恐竜のフィギュアとレゴで遊んでた。電車の出てくる絵本は思い出せる限りでは一つもない。『いたずらきかんしゃちゅうちゅう』があるけれど、読んでもらったことはない気がする。それにあれは機関車だ。あとは、さっきも言ったけどうちはテレビをあんまり見なかった。とにかく、弟は電車を見たことがなかった。ものすごい音とスピードで風を巻きおこしながらこちらへ猛進してくる巨大な鉄の塊が、弟が見た初めての電車だった。

 弟は電車が見え始めてから自分が電車に乗り込むまでひたすら「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」と叫び続けた。それはそれは大きい声で、目も鼻も大きく広げて。

 確かにテレビや写真でも見たことがなくて、初めての電車が本物の電車だったら、ものすごく興奮する。きっと弟は恐竜が線路の上を走ってきてもあんなには興奮しなかった。恐竜は毎日図鑑で見ていたから。

 正直、とても羨ましかった。わたしも初めて電車を見たときは同じように興奮したかもしれないけれど、覚えていないのだから意味がない。わたしも初めて出会うものが本物で、しかもそれが何なのか見当もつかないという体験をしてみたい。そしてそれを覚えておきたい。

 キリンとかすごくいいな。あの首の長さは意味わからんもの。あれ、初めての出会いが本物だったら最高に面白いだろうな。18歳とかで初めて見たらゲラゲラ笑ってただろうに。でも残念、わたしは幼いときに絵本『みんな ちきゅうの なかまたち』のなかでキリンには出会ってしまっていたのです。

『みんな ちきゅうの なかまたち』
イングリット&ディーター・シューベルト作 よこやまかずこ訳

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 あ、ユニコーンとかはダメですよ。いろんなところで見たことあるので。実際に見ても、「あ、ユニコーンだ。思ったより色汚いな。」とか思ってしまうと思うので。

 21年生きてしまうと( 21年しか生きてないのに)、見たことのないものや見当のつかないものに出会うのは難しい。初めて見るものはたくさんあると思う。でも大概それが何なのか、見当がつく。これはわたしだけの話じゃない。きっとみんなそうだ。でもわたしはなんだか少し損をしている気がしてしまう。

 何かに出会うときは、もっといちいち驚きたかったな。きっとその方が楽しかった。きっとその方が危なかったけれど。

 わたしが見たことなくて、わたしが驚くような、間違い探しのできないような何かを知っている人がいたら教えてください。向かいます。

ヒラウチ

今日の一曲 : ヨルシカ『ヒッチコック』


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