痛いという意識
私はnoteで長文を書くまで、Twitterでボソボソとつぶやいたり、何らかの報告をFacebookで書いていました。積極的に自分の考えを出していこうという姿勢ではありませんでした。
実はそのずっと前は、「どうでもいい通信」というブログ名で、長文をライブドアブログで書いていたこともありましたが、衝動的に全部消してしまいました。東日本大震災があってから、SNSの中で殴り合う人たちをたくさん見たり、SNSで叫びながら人生が変わってしまった人を知ってしまったからです。あの時殴り合っていた人や人生が変わってしまった人のSNSはチェックしていないので、今頃どうなっているのか分かりませんが、SNSの発信は、トラブルに巻き込まれる元になるな、と思ってしまったんです。
ようやく最近、SNSの中が落ち着いてきた気がしたのでnoteで長文を書くようになりました。戦争が終わったと言うよりも、それぞれが持ち場に着いたというのか、持ち場に戻ったというのか、そんな印象です。
私の周りにはSNSで発信していない人もたくさんいますし、むしろ発信してない人の方が圧倒的に多い気がします。私は以前、知人にこう言われたことがあります。
「平林さん、SNSで何か書くと、痛いって言われません?」
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