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SNSの刺激は危険

家飲みを禁止して半年が経ちました。自分でも驚くんですが、酒への執着はほとんど無くなりました。まず家では飲まない事が当たり前になっているので、「今日ぐらい飲みたい」とも思わなくなりましたね。「毎日の酒が無くなったら、何を生きがいにして生きていけばいいんだ…」とすら思っていましたから、思い込みというのは怖いものです。

思い込みとともに、刺激を与え続けていたことで、軽く依存症になっていたんだと思います。酒を飲むとフワッと気持ちが良くなるという刺激への依存です。映像でワインを飲むシーンを見ただけでワインを飲みたくなってましたから恐ろしいです。パブロフの犬です。

一方で、外飲みは思い切り飲んでます。やっぱり酒は飲み会で飲むのが一番です。かと言って、毎日飲みに行きたいとも思わないので、だいぶ酒への依存は無くなっていると思います。

私の人生において、酒は制御出来るものになりました。酒の他に脅威を感じるものはSNSですね。SNSは酒よりも危険な気がしています。酒は飲みすぎると体が壊れるので限界がありますが、SNSは直接的に体が壊れることがないので、やり続けてしまいます。

しかも、親指を少し動かすだけで、目の前に次々と新しい情報が現れるんです。新しい情報というのは刺激です。そしてより強い刺激を求めて、親指を動かし続けるわけです。目の前に現れる刺激によって、脳内で何らかの快楽ホルモンが出ているはずです。そして、その快楽ホルモンが「もっと欲しいもっと欲しい」とスワイプし続けるのです。覚醒剤と同じですね。こんな事を続けていたら元に戻れなくなると思います。

恐ろしいのは、その刺激が世界中から集ってくることです。だから刺激が底をつくことがありません。そして、そうやって刺激を受け続ける事はとても危険です。自分から何かを生み出そうとしなくなるからです。自分から何かを生み出そうとしなくなる理由はいくつかあります。

1つ目は、受け身でいることが楽だから、作品を生み出す時間が無くなることです。これは分かりやすい理由です。そしてこの問題は全人類が直面している問題なんじゃないかと思います。今って、SNSのせいで世界中の生産性が落ちてるんじゃなかろうかとすら思ってしまいます。

2つ目は、もっともっとと強い刺激を探し求めてしまう結果、もう自分で作る必要は無いんじゃないかと思ってしまうことです。こんなに面白い映像を作れる人がいるんだったら、私の出番はないと思ってしまいます。もっと言うならば、どう頑張っても敵わないとすら思ってしまうんです。

3つ目は、インプットの癖が付きすぎてしまうことです。インプットって楽なんです。私は映像業界にいるので、時流を捉えるためにいろいろな映画やドラマを見る必要があります。だから、インプットが正当化されやすい仕事でもあります。そしてたくさんのコンテンツを見ている人ほど「偉い」のです。私はあまりインプットをしない方なんですが、映画やドラマやYouTubeを見ている時は楽ですし、一方で「やってる感」を感じています。映像業界の人間が映像を見ることは「勉強」とすら言えるからです。もし映像業界を広告業界と言い換えたとしたら、映像だけじゃなくSNSをパトロールすることすら「時流を捉える」という意味で正当化されますからね。

いやしかし!

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