私達は父を知らない①

 父は何も語らない人だった。
 そんな父を私達姉妹はきっと内心馬鹿にしていた。
 仕事から帰ってきても穏やかな顔をして、私達の話をにこにことして聞いているだけで、父が何かを話したりすることなんてなかった。
 父に何か話題を振っても、話出しが遅くて結局、私たちの話になってしまう。そんな時に、父は少し困った顔をするだけだった。
 そんな父が死んだ。葬式の準備を慌てて姉妹二人でしようとした。父の会社に、父がなくなったことを伝えると、彼らが色々と手を貸してくれた。父はどうやら、外では顔が広かったらしく、色々な人が葬式に顔を出してくれた。
 元々、家族だけでしようと思っていたのに、葬式には百人ほどの参列者が来た。私達姉妹は顔を見合わせながらただただ驚くばかりだった。
 そして、来ている方たちも色々な世代の方ばかりだった。父と同じくらいの年代の人もいれば、とても高齢の方までいた。中には、私達と歳が変わらない子やそれよりも歳はもいかない子たちもいた。会社に連絡しただけなのに、まるで田舎の噂話のように父の死は、ひろまったようだ。
「この度は…………」
 どこかで、聞いたことのあるフレーズが頭の上を流れ続ける。それをまるで、機械の流れ作業のようなよそよそしさと事務作業的にこなす自分が嫌だった。だって、悲しめなかったから……。父の葬式に参列する彼らは、まるで自分の一部が喪失したような沈痛な表情を浮かべていた。泣いている人たちも多く、本当に父の死を悲しんでいるのが分かった。だからだろうか、変な話だが、場違いに思ったのだ。
 おかしな話だけど、私はそう思った。いや、私たちは思った。父の死を悲しめていないのは自分達だけなのではないかという不安さえ胸中に感じるほどに、皆父を慕っていたのが分かった。
 葬式が進行していくにつれ、まだ高校生だった私たちを庇うように、父を知る、知らない他人が力を貸してくれた。
 そんな現実感が希薄になっていく目の前の光景に頭の中が霞がかっていく。
 母がいなくなったのは、私たちが小学生の頃だった。母は元々奔放な人で、誰にも縛られないような人だった。いつも思い出したように、身支度を済ませると、自分の都合で私達を振り回した。そのせいもあってか、私達姉妹はそんな母を習うような生活をしていた。元々、そういった性格を母から受け継いだのかもしれない。それから、母はある日、当然いなくなった。
 それは、いつも通り母が身支度をしていた時だった。また、母とどこかに出かけることが思って楽しみに姉妹二人で部屋にいて声がかかるのを待った。
 だけど、いつまでまっても母から声がかかることはなかった。それどころか、いつもとは違う明らかにでかい鞄を持って、身支度をしていた。
「由香、百合、私出てくるわ。貴方達はお留守番をお願い」
 そう言って、母は出ていった。父は仕事でいない日のことだった。……それから、その日から一度も母とは会っていない。母の実家にも帰っておらず、彼女がいまどこで何をしているのかも分からない。
 母は私たちを愛していなかったのだろうか? その答えはいまも分からない。だって、父の葬式にすら彼女はこないのだから聞くことすら叶わない。
父が残した貯金を見ると、成人二人分の生涯賃金が通帳に残してあった。だけど、どうやって父がそれほどのお金を残したのかも分からない。父の会社名は知っていたけれど、父がどんな仕事をしていたのかは全く分からない。どんな業種なのかも……。
気が付けば、皆で葬式用に頼んでおいたご飯を食べていた。私たちは父のことを知らない。私たちは母のことを分からない。だけど、彼らは父を知っている。……そのことが何だか情けないように思う。
だってそれってさ、もし母が私たちを追いて出ていかなくたって、母のことを理解できないってことじゃない。父とどれだけ過ごしても、何も分からなかった私たちが、母と一緒に過ごしたってきっと何も分からないような気がする。
口々に聞こえる父の話。きっと私たちが知らない父。
「百合」
そう問いかけると、きっと同じ気持ちだったのだろう。うん、とだけ言うと私たちは別方向に飲み物を注ぎに回った。
「この度は」
 またはじまった上辺だけの挨拶。その挨拶を適当に躱し、本題に入った。
「あの、父はどんな人だったのでしょう」
 そう聞くと、父と同じくらいの男性は話し始めた。
「あいつとは小学校が一緒でな」

  私達が知らない父の話が始まった。

いつも読んでくださってありがとうにゃ。 ゆうきみたいに本を読みたいけど、実際は読めていない人の為に記事を書いているにゃ。今後も皆が楽しめるようにシナリオ形式で書いていきたいにゃ。 みにゃさんが支援してくれたら、最新の書籍に関してもシナリオにできるにゃ。是非頼むにゃ。