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【陰翳礼讃】谷崎潤一郎の世界とHINOEが考える "翳りのリーダーシップ"

こんにちは!更新が遅くなりましたが、少しお休みをいただいて、日本の美学・アートから事業の着想を得るために、香川県の直島・豊島へ出張に行ってきました。

@直島 地中美術館近くの海外にて

ご存じの方も多いかもしれませんが、直島・豊島も含む瀬戸内ではアートによる地域活性化が行われており、建築家の安藤忠雄さんや、その他多くのアーティストの作品を目にすることができます。

ところで、皆さんは谷崎潤一郎氏の【陰翳礼讃 (いんえいらいさん) 】という書籍をご存じでしょうか?日本の美学の底には「暗がり」と「翳(かげ)り」があるということで、安藤忠雄さんを始め、国内外の多くの有識者に影響を与えた本とされています。ちなみに、英語版のタイトルは【In Praise of Shadows】です。

HINOEの世界観や、HINOEが考える内向型リーダーシップ開発も【陰翳礼讃】や【侘び寂び】の影響を受けており、今日のnoteでは翳(かげ)りについて、その魅力を皆さんにお伝えできればと思います。


陰翳礼讃とは

世界の文豪、谷崎潤一郎氏が1933年に執筆した随筆で、日本人の暮らしや、日本人の美学について、独特な見解で綴られている書籍です。谷崎潤一郎の名作『陰翳礼讃』がビジュアルブックとして蘇る”気配を撮る写真家” 大川裕弘が捉えた「日本の美」の数々『陰翳礼讃』発売 | 株式会社パイ インターナショナルのプレスリリース (prtimes.jp)

なぜ日本人は "うすくらがり" が好きなのか。障子から差し込む控えめな光、行燈や蝋燭の揺らめき、月明かりに照らされる廊下等、それらは西洋の絢爛豪華な光(Light)とは異なり、微光(Gleam)とも訳されています。

一見ダークな世界観のようで、その実は光の本質を引き立てる演出に、洗練された美・色気のようなものを感じずにはいられません。

陰翳礼讃の中で、以下のような表現があります。

「日本の漆器の美しさは、ぼんやりした薄明かりの中に置いてこそ、初めてほんとうに発揮される。「闇」を条件に入れなければ、漆器の美しさは考えられない。」

陰翳礼讃(谷崎潤一郎, 1933)

始めてこの表現を目にした時、「闇」は排除すべきものではなく、共生するもの(そこに在るもの)であると考えさせられました。闇は、悪でも、穢れでも、臆病さでもなく、対象の魅力を引き立てる、なくてはならない存在です。

確かに、幾重にも闇で塗り重ねられた漆器は、蛍光灯の元ではどうもその魅力が100%伝わらない気がします。明るい光の元では、ピカピカに磨かれた西洋のお皿が魅力的に映りますね。どちらが、良い・悪い、といった話ではなく、美の捉え方の違いを感じさせられます。

今回の直島・豊島視察においても、陰翳礼讃を踏まえた発見が多々ありました。安藤忠雄氏が設計した建物には光の取り込み方に工夫が施されており、翳の美しさに心が奪われます。西沢立衛氏の設計した豊島美術館(以下写真)も、筆舌に尽くしがたい空間です。 光が翳の美しさを引き立て、翳が光の美しさを引き立てる。光と翳が、お互いの領分で魅力を発揮しています。

豊島美術館 O-DANから引用

加えて、「光の芸術家」と称されるジェームズ・タレル氏や、「生と死」「存在と不在」をテーマにしているクリスチャン・ボルタンスキー氏の作品も目にすることができ、島内を包み込む陰と陽の神聖から、非日常的な覚醒を得ました。

HINOEの考える内向型リーダーシップの定義

谷崎潤一郎氏の陰翳礼讃に着想を得たHINOEですが、私たちが考える内向型リーダーシップの定義もその影響を受けています。

HINOEが考える内向型リーダーシップの定義は、「深さと本質を追求し、他者の魅力を引き立てる、翳 (かげ) りのリーダーシップ」です。

必ずしも自分自身の魅力を礼讃せず、他者の魅力を引き立てることを優先することで、相手が「自分自身は魅力的な存在である」と知覚できることに重きを置いています。”世界一魅力的な相手" と付き合うか、"自分を世界一魅力的だと思わせてくれる相手" と付き合うのか・・どこかで聞いたことがあるフレーズですね(笑)。

外向型のリーダーは魅力的です。一方、内向型のリーダーには他者の魅力を引き立てる力があるのではないかと考えています。闇が光を引き立てるように、翳りは他者の魅力を引き立てる。魅力(心理変化)は能動的な行動を生み、行動は成果を生む。リーダーシップの発揮においても、魅力の主体をどちらに置くかで、与える(受ける)影響力は異なるのではないでしょうか。

翳(かげ)は傾聴し、受容し、思考し、内省し、本質に働きかける。"翳りのリーダーシップ" は他者の魅力を引き立て、対象のオーセンティックな魅力を解放する、大きな可能性のように思います。

O-DANから引用

内向型の輝きについて

ここまで陰翳礼讃(In Praise of Shadows)について、深淵でうすぐらい世界観について考察をしてきましたが、内向型が "陰キャ" であることを主張したい訳ではありません。

以前のnoteにも書きましたが、内向型は "陰キャ" ではなく、静かな時間を求める人です。その光の性質は「真夏の正午の太陽」ではないかもしれませんが、それでも周囲を照らす光なのです。

ちなみに、私の好きな言葉に "燐光 (りんこう)" があります。燐光とは、「物質に光を与えると、その光の補給を停止してもしばらく残光が見られる現象」のことを指しますが、これがとても神秘的で綺麗な光なのです。

蛍光(同じフォトルミネッセンスの一種)と比較しても、燐光は発生が遅く、その一方で、発光時間は蛍光よりもはるかに長く続くとされています。

(飽くまで私の経験則ですが・・・)内向型が多い会社でワークショップをする場合、場の立ち上がりまでに時間がかかるケースがほとんどです。外向型に比べてリスクを避ける傾向にあるので、全体の場で進んで手を上げて発言をすることが少なく、休憩時間も含めて、基本的に大人しくて静かな方が多い印象です。

一見、講師・ファシリテーターと距離があるように思いますが、実はしっかりと傾聴をしており、深く思考を廻らせ、飽きずに物事に向き合う忍耐がある方々だと感じています(外向性が強い方は、他に興味を引く刺激があれば、そちらに意識が持っていかれることもありそうです笑)。

そのような内向型の受講者を "燐光" に重ねてみると興味深く、立ち上がりこそゆっくりですが、一度光を補給することで、長時間に亘って発光することができる存在なのかもしれません。

さて、今回も最後までお読みいただき有難うございました。皆さんはどんな光が好きですか?私は太陽で在りたいと念う気持ちと同じくらい、「暗がり」や「翳り」に惹かれています。これからも一緒に、日本の美学 × リーダーシップ について考えていけると嬉しいです。

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