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残っていくもの

実家の庭先で煙草の煙をくゆらせる。
実家には大きな庭があり、そこで煙草を吸うのがとても落ち着くのだ。
良く手入れされた庭を眺めながらボーっとしているのは、とてもいい。
聞いたところによると、祖父は昔そうとう羽振りがよかったらしく、その金でこの庭付きで平屋のこの家を建てたんだそうだ。


その祖父が死んだ。
最後は病院のベッドで家族に囲まれながら息を引き取ったのだ。死にざまとしては十分だろう。
良く叱られていたのもあったからなのか、悲しくもあったが俺の目から涙がこぼれ落ちることはなかった。
「やっぱりここに居たのか。」
「親父。」
「お前は小さい頃から何かあるとここで庭を眺めていたからな。」
「小さい頃のことはあんまり覚えてねぇけど、確かに実家に帰るといつもここだな。」
親父は持ってきた煙草を一本取り出し火をつけた。
「やめたんじゃねぇの?」
「たまに吸ってるんだ。それこそ、何かあるとな。」
「なんかあったのか。」
「まぁな。」
親父は煙草を一吸いし、溜息と共に煙を吐いた。
「この家を売ろうかどうかって話が出てるんだ。」
「マジ?」
「あぁ、維持費もかかるし、母さんと二人で住むには広すぎる。」
俺は少し驚いた。親父もお袋も、この家にずっと住むものだと思っていた。
それぐらい両親はこの家に思い入れがあるものだと思っていたのだ。
俺は庭を眺めた。小さいころから眺めていたこの庭が自分たちのものではなくなる。


それが少し信じられなかったのだ。

「じいちゃんはどう思うんだろうな。」
「お父さんが生きていたら絶対に反対しただろうな。」
「なんか…なくなっていっちまうんだなぁ。」
「そうだな。」
二人して煙草を一吸いして、庭を眺めた。
「じいちゃんは何を残せたんだろうな。」
「どうした急に。」
「いや、なんだかなぁと思ってさ。」
「お前にしては珍しく感傷的だな。」
「うるせぇよ。」
祖父は昔から厳しい人で、俺に雷を落とすのは勿論のこと、両親や親せきに対しても厳しい人だった。正月の親戚一同が集まる場でも、たまにじいちゃんの説教が始まることもたまにあった。それを煙たがる人もいたそうで、おそらく死んでホッとする奴らもいるんじゃないかと思う。
「俺はじいちゃんのこと嫌いじゃなかったけどさ。やっぱり悲しいとも思うし。でもこのじいちゃんの思い出と気持ちは忘れていくんじゃねぇかなと思ってさ。」
「まぁそうだな。」
「それにこの家までなくなったら、何にも残んねぇんじゃねぇかって。」
親父はまた煙草を一吸いした。目線は庭の方を向いていた。
「なくなりはしないさ。」
「そういうもんか?」
「お前の食事の作法は誰から習ったか覚えてるか?」
「…確かじいちゃんからだな。」
「お前のその融通がきかないでぶつかっていくところは誰に似てると思う?」
「親父…でもないし、お袋でもないな。」
「それもお父さんだ。」
「…何が言いたいんだ?」
「お父さんが残したのは思い出や物だけじゃないってことさ。」
俺は目線を親父の方から庭先に目線を戻した。また暫し二人でボーっと庭先を眺める。
そういうものか。でも、何となくオヤジの言うことがわかる気がした。
「俺、実家に戻るわ。」
「そうか。」
「うん。」
「…きっとお父さんも喜ぶだろうな。」
「うん。」
深く考えてのことではなかった。ただどうしてか、そうしたくなったのだ。
庭先は昔と変わらず、綺麗だった。

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