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振り向いたら座敷わらし【第七話】

外は穏やかな陽気で、風も程よく気持ちいい。
「いい天気だね。」
「うん。」
座敷わらしちゃんもなんだか機嫌がよさそうに見える。
(まずは買い物…座敷わらしちゃんの洋服かな。)
「そしたら座敷わらしちゃん。まずはデパートに行こうか。」
「でぱーと?」
「うん、色んなものが売ってるお店だよ。」
座敷わらしちゃんはコクンと頷いた。
デパートはアパートから歩いて行けるくらいの距離にある。
今から向かえば丁度開店時間頃には着くだろう。
相変わらずすれ違う人々は座敷わらしちゃんの居る場所を避けて通る。
流石に歩道がなく車が通る道は座敷わらしちゃんを気遣ったりもしたが、外を歩くのにはそんなに問題なさそうだ。
「座敷わらしちゃんはお昼は何食べたい?」
「カレー。」
「カレーかぁ。カレーは昨日食べたからなぁ。」
ふーむと唸っていると、すれ違う親子が私のことを不思議そうな目で見ていた。
「ねーねーお母さん。あの人一人でおしゃべりしてるよ。」
「まおちゃん、春はね、そういう季節なの。」
とかなんとか後ろから聞こえてきた。
私は大事なことを忘れていた。
そう、座敷わらしちゃんは他の人に見えないのである。
(あぁぁー!忘れてたーーーー!)
昨日から普通にお喋りをしていたので完璧に忘れていた。
さてどうする。気にしなければいいという考えもあるが、人から奇異の目で見られ続けるのも正直つらい。
(うーむ…。)
「しゅうすけ、どうしたの?」
「いやぁ…ちょっとね。」
ハハハと笑って誤魔化す。それを見ていた井戸端会議をしていたおばちゃん達がまた私を見てコソコソと話しているようだ。やはり気になる。
「あっ。」
私は持ってきていた小さな鞄をゴソゴソと漁るとあるものを取り出した。
それは耳に着けるタイプのブルートゥースイヤホンだ。
これを着けて座敷わらしちゃんと話せば多少は一人で話している違和感も消えるのではないか。という苦肉の策である。
「よし、いこっか。」
「しゅうすけ、耳に着けてるのなあに?」
「あぁ…座敷わらしちゃんは気にしなくていいよ…。」
説明するのはなんだかかわいそうだからしないことにした。


そうして何とか座敷わらしちゃんと話をしながら歩いていき、デパートに到着した。
「ここがデパートだよ。」
「おっきい。」
座敷わらしちゃんがホーッとか言いながらデパートを眺めている。
「座敷わらしちゃんの居たところにはこういうデパートとかなかったの?」
「なかった。」
どうやら本当に座敷わらしちゃんは知らないものやことが多いらしい。
これから生活していくにあたって、という意味も含めて色々なものを見せてあげるのもいいかもしれない。
その中から座敷わらしちゃんの好きなものが見つかれば更にいい。
そういう意味ではデパートは適した場所かもしれない。

デパートの中に入ると休日というだけあってそこそこの人がいた。
子供服売り場に向かう途中も座敷わらしちゃんはきょろきょろしている。
(あとでお菓子売り場でも見てみるかな。)
こども服売り場に着くと、家族連れが多かった。
「座敷わらしちゃんはどんなお洋服がいい?」
「桃色の着物とか、好き。」
「桃色かぁ、あんな感じの色?」
私は近くにあったピンク色の洋服を指さした。
「ちょっと、派手。」
「うーん、そっかぁ。ちょっと見て回ろうか。」
座敷わらしちゃんはコクンと頷いた。
見て回るとなんだか大人顔負けのお洒落な洋服が多い。
(今どきの子供服はお洒落なんだなぁ。)
私が座敷わらしちゃんくらいの年のころには少女アニメの絵が描かれた服を着ている女の子なんかもいたが、売り場を見るとそのような洋服は見当たらない。
「これはどう?」
先ほどの洋服は色としてはショッキングピンクに近い色だったが、この洋服は本当に桃色、という感じの色合いの服だった。
「好き。」
「うん、じゃぁこれにしよう。」
(えーっとサイズは…)
私は子供服のサイズのことはよくわからないので、実際に座敷わらしちゃんにあてて見ることにした。
「うん、丁度いいね。」
そこで私は何かに気づく。周囲の怪訝な雰囲気。
何かを忘れている…。
そう座敷わらしちゃんは他の人に以下略。
(あああああーーーーーーー!)
端から見れば何もない空間に洋服をあてて独り言をつぶやく男性である。
下手したら警備員を呼ばれかねない。
私はそこから、その洋服と同じぐらいのサイズの洋服を数着手に取り、レジに向かった。
「これください…!」
と言ってお金を払い、そこからはもう早くこの場を離れることで頭がいっぱいで、座敷わらしちゃんの手を取って逃げるようにその場を後にした。

(あ、危ないところだった…。)
デパートにあるベンチで座敷わらしちゃんと並んでいる。
座敷わらしちゃんはつい先ほどアイスクリーム屋で買ってあげたストロベリー味のアイスクリームを美味しそうに舐めている。片や私は先ほどの一件で半ば憔悴して真っ白になっていた。
「あいすくりーむ、おいしい。」
「よかったね…。」
背もたれに体を預け天を仰ぐ。
これからはもう少し座敷わらしちゃんが他の人に見えないことに注意を払わねばならないことがわかった。
「しゅうすけ、疲れてる。」
「うん、ちょっとね。」
「もうおうち帰ろう。」
「お言葉に甘えて、そうさせて貰おうかな。」
子供に気を使われてしまった。私もまだまだである。

帰り道は来た時と別の道で帰ることにした。
近所に川沿いの土手道がある。そこは今の季節桜が綺麗なのだ。
実際に行ってみると桜は満開で、穏やかな風に吹かれ、はらはらと桜の花びらが舞っていた。
「綺麗だねぇ。」
座敷わらしちゃんはコクンと頷いた。
(座敷わらしちゃん…座敷わらしちゃんかぁ…。)
座敷わらしちゃんと呼んでいるが、いつまでもそのままではなんと言っていいのかわからないが、少し距離感が遠い気もする。
「座敷わらしちゃん。」
「なあに?」
「名前…、つけてあげようか。」
座敷わらしちゃんは一瞬きょとんとした顔をした。
「名前?」
「そう、名前。」
座敷わらしちゃんはきょとんとした顔から、少しずつ表情がパーッと晴れやかになっていった。
「名前!欲しい!」
「どうしよっかなぁ。」
(名前…名前。座敷わらしちゃんだから、わら子ちゃん…いや、それは安直すぎるか。)
うーんと唸っている間も、座敷わらしちゃんの期待の眼差しがガンガン飛んでくる。
これは下手な名前は付けられない。
(ざしきちゃん…それは最早座敷わらしちゃんと大して変わらない気がする。うーん…。)
しばしその場に立ち止まって考えてしまった。
「あっ。」
私の頭の上に電球があったらぱっと光っていただろう。
「福。福ちゃん。座敷わらしは幸福を運ぶからそれにちなんで、福ちゃん。」
座敷わらしちゃんは一瞬またきょとんとしたと思ったら、次の瞬間私に飛びついてきた。荷物を持っていた私は少しよろけてしまう。
「…あんまりお気に召さなかったかな?」
私に埋めていた顔を上げると、座敷わらしちゃんの顔は満面の笑顔だった。
「ふく!好き!わたしの名前は!福!」
そういって私の周りを座敷わらしちゃん改め福ちゃんは駆け回る。
「福!わたしは!福!」
そうして暫し福!福!と連呼しながら駆け回っていた。そしてピタッと立ち止まって福ちゃんは振り返った。
「ありがとう。しゅうすけ。」
振り返った福ちゃんの顔には本当に穏やかで幸せそうな笑みで溢れていた。
私の中にしこりとして残っていた福ちゃんが消えてしまうかもしれないという暗い気持ちは、その笑顔をみて消え去り、穏やかで暖かな気持ちで満たされていった。
「…どういたしまして。」
私のそう言い返す顔も自然と笑顔になっていた。
春風に舞う桜の花びらは、まるで福ちゃんと私の門出を祝うかのようだった。

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