価値観のゆらぎ:美容整形ってどうなん?

皆さんこんにちは。

人間、中身が大事だとは言いますが、一方で見た目が9割なんて本が流行ったこともありますよね。そして見た目を良くする手段の中ではある意味究極ともいえる美容整形、今は公言してる人もいたり、クリニックの広告がバンバン出ていたりでずいぶん一般的なものになってきました。

ということで、自分とは縁がないのに頭に浮かんで離れなくなった、美容整形についてあーだこーだ書きたいと思います。

美容整形(と、その仲間)

美容整形と書きましたが、今回話題にするのは少し範囲を広げて、「顔に限らず、自分の容姿を後天的な形で変えること全般」と考えていただけると良いかと思います。顔以外の例では、おなか周りの脂肪除去や足の長さを変える手術などがあります。

自分の感じ方の変化について

昔は、私は美容整形には無条件で「ダメ、ありえない」と否定的な考えを持っていました。生まれ持った、自前の容姿で勝負するのが正しい姿!という感覚があったんですが、その頃は根拠のはっきりした「考え」というより「感覚」、「感情」という方がふさわしかったと思います。まだ私が若い(子供の?)の頃にビューティーコロシアムとかいうTV番組が放送されていて、美容整形をすることで容姿だけでなく表情まで明るく変わった!という流れを見ては何とも言えない嫌悪感と気まずさを感じてたものです。

個人的に美容整形をしたとか、した人が身近にいるということはないんですが、なぜか最近になって、あの当時感じたような拒否感が薄れていることに気が付きました。だからと言って手放しで「良いこと」と思うわけでもなく、今は価値観が揺らいでる状態です。

なんで感じ方が変わったのか?

おっさんになった今では容姿そのものに無頓着になったということかもしれませんが、もう一つ「後天的に容姿を変える」ことについて、整形以外の分野でけっこう当たり前に受け入れていることに気が付いたからかもしれません。

例えば、歯列矯正は整形ではありませんが、後天的に歯並びを変えています。これは嚙み合わせや虫歯になりにくくなる(?)という健康・機能の面だけでなく、見た目という審美的な面でも変化を加えていますが、矯正したことを隠したいと思う人は少ないのではないでしょうか。また、虫歯治療も安く済む銀歯でなく、より自然な外見となる白いセラミックや樹脂を使う選択肢は一般的になっています(虫歯自体が後天的なものなのでちょっとズレた話かもしれませんが)。

また、詳しくは知りませんが、耳鼻科では、鼻の内部が曲がっていたり狭くなることで空気の通りが悪い場合、鼻の一部を削って通りを良くする手術もあるようです。この場合、外見にも変化が生じる例があるようですが、それを説明されてもあまり反発を感じることはな。

このように美容整形と銘打っていない分野で結果的にであれ「外見を変える」、しかも美しい外見にする手段が肯定的に受け容れられていることを考えると、今までのような「美容整形」を即座に否定する価値観が、根拠を失っているような気がしてきます。

また、例えば事故で顔を損傷してしまった人が、元あった自分の外見を取り戻すため、「復元」の手段として整形手術を受けるということであれば何も抵抗感はありません。

あと、通勤電車の広告で貼りだされてる湘南美容外科のいかにも真面目そうなお医者さんの顔つきに引っ張られてることもあるかもしれません(高〇クリニックはなんかうさん臭く感じるのになんでだろ)

でもやっぱり嫌なとこもある

とはいえ、やはり自分としては美容整形を好きになれない部分が残ります。いったいこれは何故なんでしょうか?

ということで、今度は美容整形に対するネガティブなイメージについて考えたんですが、ゲスいながらも納得できる理由が浮かんできました。

①だまされたと感じるのがイヤ

もし嫁さん(独身の場合は彼女)が整形美人だったらと考えると、例えば成形する前の写真を見た時、または2人の間に生まれてきた子供が父親にも母親にも全く似ていなかった場合、「だまされた」ように感じると思うんです。これは確実に分かるようなものではありませんが、そんな形で「こうあるはずだったもの」が実は違った、となった時にだまされた、裏切られたと感じるんじゃないかということです。だまされる=自分にとってのデメリットになるかもしれないものはイヤ(なんかクズの匂いがしてきた)と言い換えることもできます。

②自分の知っている「整形顔」の質が低いので悪いイメージがある

私は写真でしか「整形した顔」という実例を見たなく、その多くはいかにも人工的な仕上がりのものばかりです。世のなかで普及している整形は、実際にはすごく自然で「美しい」顔が作れるし、それを見たら嫌悪感なんて湧かないんじゃないか?という考えです。とはいえ、それと分かった上で整形した方をこの目で見る、という機会は今のところないので、確かめることはできないかもしれません。

③なんかわからんけどルール違反な気がする

私の子供の頃からある感覚に、無理やり説明をつけるとこうなります。自分は整形するつもりはないし、それが正しいと思っている。で、それが正しいとするなら、他人が整形で美しい外見を手に入れるのはズルい、という感じでしょうか?ただ、自分で書いといてナンですが、「知ったこっちゃない」ですよね。他人が整形するのは他人の意思であり、私がそれについてどれだけ自分ルールを振りかざしても正当性はありません。

④貪欲さ、浅ましさを感じる

整形によって外見を良くすることを、「身の丈に合わない欲をかいている」と思っている節はあるかもしれません。ただ、これも先ほどの「ルール違反」と同じく、私個人の「勝手な価値観」で、当事者から見れば知ったこっちゃない話だと思います。

⑤一部を直しても、際限なく手を加えたくなってしまうんじゃないの?

これは自分の考えではなくて、よく聞く話として挙げました。自制心が利かなくなるのか、元から自制心が利かない人がこうなるのか、とにかく「沼にはまる」という話ですがどうなんでしょうね?実際にやったことのある人に聞いてみたいもんです。

メイクについて

ちなみにこんなことを考えていたら、「化粧美人はダメなのか?」という疑問も浮かびました。メイクは肉体の形を変えるわけではありませんが、素顔ではない外見を人工的に作るという点で、関連のあるものだとは思います。私はメイクをする当事者ではないのでほんとに余計なお世話かもしれませんが、メイクについてはこんな風に思っています。

①文化として定着してるから良いのでは?

結局、色々理屈をこねましたが、すでに自分にとって当然のものとして存在するものは、あまり抵抗なく受け入れるものです。なので私は女性のメイクは何も抵抗がなく、男性がメイクしている場合はおそらく違和感を感じます。でもメイクする男性が知人にいたら、感覚も違ってくるかもしれません。

②メイクも「元の顔の延長」にあるレベルでなら受け入れられる

大人になれば、特に女性であれば、知り合った時にはメイクをされていて、元の顔とメイク後の顔のどちらも知っているということは少ないので、これは見比べるというのは難しいところです(ナチュラルメイクという恐怖のテクノロジーもあるし)。ただし、実際にメイクの前後であまりに顔が違う場合はやっぱりちょっと引いてしまいます。

そして、これは整形についてと同じく「だまされた!」と感じたら個人的にはもう受け入れられませんし、多分そんな男は女性も願い下げでしょう。自分も昔、それで気まずい思いをしたこともあります。

メイク以外の「外見を変える」手段

こんなことを考えてたら、斜め上の方向にも考えが向いてしまうんですが、メイクでも整形でもない手段で、気軽に外見を変えてる例もありますよね。

①スキンケア

化粧水使うのは男性でもたくさんいるし、それで肌の質感は変わってきます。私もほっとけば肌が油田状態になったり、反対に乾燥で顔面が粉をふくなんてこともあるので化粧水&乳液は必須です。

②ヒゲ

もちろん伸びたら剃るし、敢えて伸ばす場合も、カットしてシルエットを整えることは一般的です。あまりにめんどくさいので休日は伸ばしっぱなしにして嫁さんから残念な目で見られてるのはヒミツです。

③眉毛

細くする、太くする、眉間までつながってしまったらプチプチ抜く。たまにあかんとこまで抜き過ぎて涙目。けっこう手がかかりますよね。

④髪型

何もしなければぼっさぼさ(私の場合はタワシ)でパッとしない場合も多いし、ワックスやジェルでビシっと決めるのはごくごく一般的です。毛髪の中には勝手に抜け駆けしようとする不届き者もいるので、何とか引き止めたりサクラを頼んだり(植えたりかぶったり)するようなこともあるわけです。あれ、なんで目から汗が出てくるんだろう?

こうやって普段している身だしなみを考えると、全て手を加えて外見を変えていることには変わりがないわけです。これらは明らかに人工的なものですが、化粧との違いは、そして整形との違いはどれだけあるのでしょうか?マジこのお題迷宮入りしそう。

強引にまとめてみる

考えていくとめちゃめちゃ長くなりそうだし結論を出す自身もないので、今の時点で無理やりまとめます。

人工的に外見を変えるという広い括りでは、整形以外にも医療やメイク、身だしなみの範囲まで色々な事例があります。外見を変えると意図まで踏み込んでも整形との線引きは意外と難しく、「整形」とされるものに非を突き付けようとしても明確な根拠を見つけるのは難しそうです。

ただ、自分としては「だまされたくない」という感情はかなり大きな要素です。また、不合理な価値観かもしれませんが、整形=ルール違反、貪欲といったイメージを抱えていることも影響しています。

整形に限らず、外見をいじるのは「元の外見の延長」レベルであって欲しい、と思います。

また、身の回りの事例として存在するレベルのものは受け入れられる気がします。なので、整形も「ありふれたもの」になってしまえば、案外すんなり受け入れられるのかもしれません。

さんざん書いて「慣れの問題」で済ますのも芸がありませんが、「未知のものだから受け入れられない」とすれば、納得のいくことでもあります。スマホやインターネットが好きになれない高齢者や、なじみのない外人が苦手な人もいるわけですし、同じことであればある意味普遍的な人の性(さが)なのかもしれません。

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