初恋は今も胸を奏でる
◆第一話
六月。
今月で91才になる水絵にも初恋はあった。
たった一日だけの。
いえ! たった数十分の……
その初恋の人は、生涯忘れられない人になってしまった。
懐かしむ物は何も無い。
すべて灰と化したのだ。
六月……遣る瀬ない月が今年もくる。
あの日の事は鮮やかに蘇り、
水絵の心を温めてくれる。
でも、それと同時にもどかしさと苛立ちと涙を連れてくる月。
水絵たちの世代は、戦中戦後が青春真っ只中だった。
誰もが生きる伸びる事しか考えられなかった、そんな時代であっても若き命は躍動するのだ。
生きるとはそう言う事なのだ。
理屈なんてない。
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