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ご褒美のクレープ

だいぶ前の話になるけれど
主治医の検診の血液検査の結果を聞きに行った際に
診察室の椅子に座って、主治医の顔を見て
「先生、わたし、今回の数値が良かったら、帰りにクレープを食べて帰ろうと思っているんです」
と言ったところ
医師はクルンと向きを変えてわたしの方を見て
「もしも貴女がクレープを食べたいと思っているのなら
検査の結果が悪くても食べてほしいです」
と真顔で答えた。

その時は少し意外だったのでキョトンとしてしまったが
「あ。じゃぁ、食べて帰りますね!」
と素直に従ってみた。

もちろん、帰りにクレープ屋さんに寄って
おいしく食べて帰ったのだが
しばらくの間
「先生はなぜそんなことを言ったのだろうか?」と考えてしまった。

その時にわたしが意識を変えたのは
「ご褒美に〇〇という発想をやめよう」ということだった。
なにかが達成できないと、希望のものを受け取れないという
呪縛のようなものから離れようと思い、そうしてみた。
『達成に向かう努力』と『希望するもの』を別々に考えるようにした。

結果
目標を達成するスピードは少し速くなった。


それから数か月後に
主治医は本を出版した。

わたしはさっそくそれを読んでみた。

その本の中には
診察室で、待合室で、病院で起きたことについて
いくつか書かれていた。
主治医の個人的な挑戦や、ターニングポイントになった時期
失敗も成功も書いてあった。

悲しい別れもあった。

わたしは
「今日と同じように明日はある」と信じていて
明日が来るのと同じように
来週も、来月も、来年も過ぎていくのだと
当たり前のように決めている。

しかし、病院ではそれは当たり前のことではなく
待合室で治療を待つ時間に亡くなるひともいるし
今日まで「自分は健康な人間だ」と信じていたのに
診察室で覆されることもある。

自分の希望や夢に向かう行動を先延ばしにしている余裕は
わたしにはない。
今、感じているエネルギーに忠実に生きて行こう。


ちなみに、あれ以来、わたしはクレープを食べていない。
どうしたわけか、特に食べたいとは思わなくなってしまった。
わたしの場合
『ご褒美』には「あたし頑張ってるもん」という気分がつきまとう。
その気分がなくなってしまったせいなのか
『希望する物』の質も変わってきた。

主治医の一言は、心身ともにわたしを変えてくれた。
あの先生にめぐり逢えたことは偶然ではあったけれど
わたしにとって、必要なことであったと思う。

先生、感謝してます!
いつもありがとうございます。

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